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第七百九十六話 今昔家電 [妖精譚]

 十年間使ってきたマイコン炊飯釜が壊れたのをきっかけに、うちではご飯を鍋で炊くようになった。電器炊飯釜を購入するお金がない、ということもないではないが、むしろ近頃の世間の潮流としてガスで炊くというのが浮上しているからだ。

  電気釜でも近頃は炭炊釜とか土鍋とかを取り入れた高価なものが出ているのだが、それは昔ながらの土鍋炊きとか炭火炊きがいいものだということを証明してい るようなものだ。実際、火を使って鍋で炊いた方が早く炊けるし、別に炭火じゃなくても結構おいしくご飯が炊けるのだ。ただ、ちょっと目を離すと焦げてしま うという難点はあるにしろ、それだって昔は「おこげ」と称しておいしくいただいたものだ。

  こんな話を買い物帰りに出会ったご近所の奥さん にいうと、なにを今頃と笑われた。かのお宅ではずいぶん前から土鍋でおいしくご飯を炊いているという。どんな鍋かというと、これも最近話題の長谷園とかい うお茶漬けみたいな名前の窯元のものだそうだ。私もぜひそれを買おうと思っているが、その窯元のは結構お高くて、もっと安いものでもいいのかなと探してい るところなのだ。

 土鍋の話に夢中になっているところに、もう一人の仲良しさんが合流した。この奥さんもなかなかのこだわり派で、やっぱり土鍋で炊いているという。その上、いまはご飯だけではないらしい。

「あら、あなた遅れているわね。うちなんて、もうずいぶん前から洗濯機なんて使っていないのよ」

 どうやら全自動洗濯機はドラム式に進化したものを使っていたそうだが、洗い上がりが気に入らずに手洗いをすることが増えてきたそのうちに、まったく洗濯機は使わなくなったそうだ。

「手洗いの方がね、それはきれいに洗えるし、なによりも生地が傷まないのよ。いまは手洗いの時代よ」

 底に現れた四人目の主婦。

「まぁ、みなさんお揃いで。あら、うちなんて冷蔵庫も使ってませんわよ。モノを冷やすのは、昔ながらの氷がいちばん。あと、井戸水ね。井戸水って侮れませんことよ」

 見ると、彼女は着物に割烹着姿。あれ。なんて前時代的な。そう思って振り向くとさっきまで高そうなワンピースだったはずの奥さんももんぺ姿に割烹着をつけている。

「家電三種の神器って知ってる? テレビ、洗濯機、冷蔵庫なんだって」

「まぁそう、そうなの。それって戦後の話でしょ?」

「戦後? なに言ってるの、そんな昔じゃないわ。五十年代よ」

「五十年代って……いまは……」

「ほら、知ってる? もうすぐ原子力発電っていうのができるそうよ」

「原子力……」

「なんでもね、石炭や石油なんかよりずっと未来的な電気なんだって」

「へぇーっ。それって夢みたいな発電?」

 もんぺや着物姿になった奥さんたちの会話が夢のような幻のようなものに変わっているのを、私は呆然として聞いていた。なんで今頃三種の神器? 原子力発電ができるって……いつの話をしてるのよ。

「そのうち、鉄腕アトムみたいなロボットの時代がくるのかしらね、原子力で動くような」

 気がつくと私が着ていたカットソーも、いつの間にかサイケデリックな人絹織物のシャツに変わっていて、光化学スモッグに覆われた曇り空をぼんやり見上げながらご近所さんの話に耳を傾けていた。

                               了


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第七百九十五話 失せもの [空想譚]

  どうしたことか、よくモノがなくなくなる。前に買った文庫 本が見つからない。いま聞きたいCDが行方知れず。ピアス片方なんて日常茶飯事。困るのは、出がけにポケットに入れたはずの鍵が見当たらないとき。何度家 人の帰りを玄関で待ったことか。驚くのはなくなるのが小物に限らないこと。お気に入りのジャケットが見つからない。去年買ったはずの帽子が行方知れず。小 さなものならどこかに入り込んでしまったのかなと思えるけど、服や帽子のような大きなものが、いったいどこに隠れてしまったのかと思う。

  きっと、家のどこかに違う次元につながるブラックホールみたいなものがあるに違いない。不思議の国のアリスが落ちた穴みたいなエアポケットがあるんだわ、 きっと。そんなおかしな妄想すら描いてしまう。何かの拍子に異次元への穴の中に私の大事なものが入ってしまう。だから、向こう側には私の宝物たちがどっさ り落ちているはず……ばっかみたい。そんなことがあるはずもない。でも、いったいどうしてモノがなくなってしまうのだろう。

  ついに、さら にびっくりするようなことが起きた。我が家の愛猫シマがいなくなってしまったのだ。ウチは一戸建てではなくマンションで、猫はベランダ以外、外には出たこ とがないし、出られないのに。いったいどこに隠れてしまたのだろう。シマ、シマ、と繰り返し呼びながら愛猫を探す。だいたい猫はとんでもないところに潜り 込んでいるものだ。押し入れの中、布団の中、ベッドの下、箪笥の上。そのうちみゃぁとかいいながらとぼけた顔して縞々の姿を見せるはずなのだが。シマ、シ マ、言いながら家中を探しているうちに、部屋の真ん中で違和感を感じた。段差があるわけでもないのに、なんか足ががくりとなってつまづいたような感じ。気 がつくと、周りには何も起きていない。

  隣の部屋からトラがみゃあと鳴きながら現れた。なぁんだ、どこにいたのよ。すり寄ってくるシマ。喉 をゴロゴロいわせながら足下に絡み付く。抱き上げようとしてかがむと、床の上に探していた鍵が落ちていた。あれ、こんなところに? さっきは何もなかった のに。シマを抱いてキッチンにいくと、テーブルの上に見当たらなカッラCDと文庫本が重なっている。旧に失せ物が一緒に出てくるなんて不思議。それからも 次々といろんなものが見つかった。ソファの上にジャケット、テレビの前に帽子、サイドテーブルのところにピアス、財布も、腕時計も、定期入れも、髪留め も、ずいぶん以前になくしたものがすごくわかりやすいところに置いてある。だれかがいたずらしているのかしら? 思ったけど、いま家の中には誰もいない。 家人は先週から出張しているし。

 ま、いっかと思って、出かける準備をする。今日は買い物に出かける予定なのだ。シマに「お留守番しててね」と話しかけると、シマは人間みたいに首を傾げる。靴を履いて玄関扉を開くと、扉の外には何もなかった。

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第七百九十四話 ランション祭り [文学譚]

 走るのが大好きだ。毎週末には二十キロほど走っているし、平日でも会社から帰ってからになるけれども、ほぼ毎日五キロは走っている。高校で陸上部に入っていたのだが、大学に入ってからは怠け癖がついてしまって、いっさい走らなかった。だけど、社会人になってから、高校生の頃を思い出したようにまた走り出したのだ。

  あの頃、決して早かったわけではない。県大会でもなかなか上位に入り込むなんてことはついにできなかった。だけど、リタイアしたことは一度もなく、成績はよくないけれど も完走し続けたことだけが自慢だった。体は大きくないけれども、やや肥満気味の体型であり続けたし足も長くはないので、まあ、それが原因かどうかはわからないけれども、自分はそんなものだと思っていた。

  早く走れないのにどうして走るのが好きになってしまったのかはよくわからないけれども、 人間誰だって、青春時代を過ごした事柄には妙に愛着心を持ち続けてしまうということに気がついたのは、大人になってまた走るようになってからだ。正直な話、いまはむしろダイエットっていうか、健康のために走っているという理由が大きいかもしれない。もともとでっぷりしている自分の体を鏡で見ていて、このままでは中年になったときにデブになってしまう、そう懸念したのだ。

  ここだけの話、マラソンランナーって、競技で走っているときに尿意を催した場合、どうしてると思う? 急いでトイレに駆け込むっていうのが正解っぽいけれども、実際競技中にそんなことをしていたら負けてしまう。もちろん、はじまる前にちゃんと出しておくっていうことは大事なんだけれども。でも、ひとの身体ってとんでもないときに排泄したくなったりするものなんだ。高校時代にそんなことがあって、コーチに訊ねると、そんなものは走りながらやっちまうんだと答えた。ランナーの尿など、汗と一緒だという。それ以来、僕は平気で走りながら排尿できるようになった。走りながら排尿することを我々は「ランション」と呼んだ。こんなこと、ランナーである当事者しか知らないことだろうけれども。

  もちろん、いつもそんなことをしているわけではない。走っている最中にどうしても我慢できなくなったときだけなので、そんなに汚い話だと思わないでほしい。とはいえ滅多にあるわけではないけれども、週末に長距離をはいっているときにもよおしたりすると、僕は迷わずランションするのだ。 

  仕事先に向かう途中、バスが渋滞に巻き込まれていて、約束の時間が迫っていた。バス停を降りてから得意先までは歩いて十五分ほどある。駅で尿意を感じたが、トイレに寄っているといよいよ間に合わなくなるので、僕は我慢して走り出した。走るのは大好きだ。ところが走り出して間もなく、下腹が揺さぶられて急激な尿意が訪れた。いまはランニングウェアを着ているわけではないから、出すわけにはいかない。いまランションなんてしたらスーツが台無しになってしまう。だが、習慣とは恐ろしいもので、無意識のうちに排尿しそうになる。ああーもうだめだ。ぐっと我慢をした表紙に下腹に力が入ってしまった。はずみとは習慣以上に恐ろしいものだ。「ぶりっ」次の瞬間、僕はランションならぬランウンをしてしまっていた。

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第七百九十三話 パラれる [文学譚]

「よう、君、こないだはあんなに酔っ払って大丈夫だったか?」

 仕事先で顔見知りから声をかけられたのだが、何を言っているのかわからない。へ? 素っ頓狂な顔をしていると、彼は案の定だという表情で「ほらぁ、やっぱり。覚えてないんだ」と言った。どうやら三日ほど前に彼らと居酒屋で飲んだのだが、そのときのことらしい。

「君、あの夜は調子がいいとか言って、安ワインをガブガブ飲んでたじゃない。通りに出たら足もtがふらふらしてるものだから、送っていこうか? って言ったんだけど、あんたに送られる方が危険だわとかなんとか言ってさ」

「あら? そんなこと言ったっけ?」

「ま、君はいつでも失礼だから、慣れちゃってるけどね、そんなセリフには。あんまり酔っ払ってるから、とにかくタクシーには押し込んだの、覚えてないの?」

 私は愛想笑いを返してその場を離れたのだが、なんだか変な感じ。あの日のことはよく覚えている。確かに調子がよくってワインをたくさん飲んだ。飲んだけども、正体をなくすようなことにはならなかった。だから彼にそんなことは言わなかったし、タクシーにも乗っていない。店の前でみんなと別れてから、私はみんなとは反対方向にある駅に向かって一人で歩いて、電車で帰ったはずだ。なのに彼の話ときたら。誰かと思い違いしてるんじゃないかしら? それとも私の記憶違い? いやいやそんなはずはない。あの日のことはよく覚えている。山田くんの愚痴がつもよりひどかったことも、靖子が社内不倫を追求されて暴露しそうになったことも、鈴木くんが飲みすぎてなぜだか泣き出したことも、全部覚えている。だから私は酔いつぶれていない。酔って記憶を失ったことなど一度たりともないのだ。

 だけども最近、ときどき不安になることがある。お酒とは無関係に同じようなことが起きたりするのだ。昼間、通りで出会ったのに無視されたとかいうのはいい方で、約束したのにすっぽかされたとか、借りたはずのないお金を返してと言われたり、まるで自分ではない誰かと間違われているのではないかという感じのクレームを受けてしまうのだ。

 もしかして、私に似た人間がもうひとりいるのではないかしら?

 ふとそんな奇妙な考えが浮かんだ。自分によく似た人間がいて、私になり代わって私の知り合いに何かをしている? そう思うと気持ち悪いというよりも、恐ろしくなってしまう。誰かに相談したいけど……そこまで考えて禮子の顔が浮かんだ。禮子は旧い友人なのだが、昔から霊感が強く、こういうことに詳しいのだ。

「……ということで、これってさぁ、ほらあの、なんとかいう……そうそう、ドッペルげんちゃんとかいう……」

「それをいうなら、ドッペルゲンガーでしょ? その可能性もあるけれども、まぁ、違うわね。私の感ではそれは、パラレルワールドだと思うな」

「パラレル……わーるど?」

「そう。SF的な考え方だけどね、この世界と並行した世界がいくつもあって、ときどきそれが入れ替わったり、混線したりするの。そこで、隣の世界に移転してしまった人間は、昨日とほとんど変わらないけれども、なんだかおかしいなってことになるわけ」

「ヘェー! なにそれ。じゃ、私は隣の世界に移転してしまってるっていうの?」

「移転してしまったかどうかわからないけれど、電話が混線するみたいに、二つの世界が絡み合って、一瞬入れ替わったりしてるのかも。最近、その手の話をよく聞くわ」

「よく聞くって……私以外にも、こんな話があるってこと?」

「あるわよー。いくらでも」

「そうなんだ。……で、どうすればいいの、私は?」

「どうすればって……どうしようもないわね。これって大自然の営みみたいなものだから」

「大自然の営み?」

「そうよ、地震とか台風と同じ」

「でも、私の知らないところで、別の世界の私がしたことをとやかく言われるっていうのは困る……」

「そうねぇ、困るよねぇ。でも、仕方がないのよ。どうしようもできないの。だからね、そういうときにはね、笑ってこういうの。てへへって笑ってさ、『あら、私パラれちゃった』」

「パラれちゃった? なにそれ」

「パラレルワールドなんて言っても小難しいだけでしょ? だからさ、パラレルしちゃったっていうのを、今風にいうのよ。『パラれる』って」

「へぇええ。すごい。やっぱり禮子はすごいわ。そっか。私パラれているのね」

「そうそう、その調子。あなたも、隣の世界のあなたも、同時にパラれているの」

「♫パラれるってすばらしい!」

「調子にのらないの!」

                                   了


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第七百九十二話 つめみがき [文学譚]

  猫を飼っている人ならわかるのだろうけれど、猫用グッズ に「つめみがき」というものがある。安価なものは段ボールを何枚も重ねて作られていて、ミルフィーユみたいに層を成した断裁面が露出している。その裏側に は猫が大好きなマタタビが刷り込まれているので、愛猫はつめみがきの上に乗って前足の爪を段ボールの断裁面でガリガリと研ぐ。そうすると、ソファや畳を猫 から救うことができるっていう仕組みなんだ。

 駅前のペットショップで猫のおやつと一緒に買ってきたつめみがきを見せながら、初めて猫の飼い主となった妙子に説明してみせた。

「だったらこれって、つめみがきって名前はおかしいよね」

 喫茶店の煮詰まったコーヒーを飲みながら聞いていた妙子が、カップをテーブルの上に置いてから言った。

「なんで?」

「だってさ、これで猫の爪がピッカピカになるわけじゃないでしょ? 伸びた爪の先が丸くなるってことなんでしょ?」

「まぁ、そうかな」

「だったらこれは。つめ丸くとか、そうねぇ、言っても爪研ぎっていうのが正しいんじゃないかしら?」

 なるほど。妙子の言う通りかもしれない。「爪研ぎ」というのをひらがなで表記しただれかが、「つめとぎ」ではなく 「つめみがき」と書いてしまったのかな。そう思った。

「爪磨きっていうのは、こういうのをいうのよ」

 妙子はバッグの中から小さな四角い物体を取り出して僕に見せた。マッチ箱くらいの大きさで四つの面がざらざらしたヤスリ状態になっているそれを、僕はテレビで見たことがある。

「これはね、爪の表面を軽くこすってやるだけでほら、ピカピカになるの。やってみて」

 僕は言われた通りに四角いそれを自分の爪に当ててこすってみた。すると、僕の爪は恥ずかしいくらいにピカピカになった。

「うわ。ほんとだ。なんだこれは」

「これがつめみがきっていうものなのよ」

 ぼくは完全に納得したのだが、妙子はまだ言葉をつないだ。

「でもね、こんなもの、なんの約にも立たないわ。ちょっとだけきれいに見えるだけ」

「それで充分なんじゃないの?」

「ま、普通の人はね」

「普通の人は?」

「猫だって、爪磨きじゃなくって爪研ぎが必要なように、人間だって爪を磨くんじゃなくって、爪を研ぐ方がうんと実用的よ」

「爪を研ぐ?」

「そうよ。何のために女が爪を伸ばしていると思ってるの? すべての女が爪を磨いてきれいにしているだけだと思ったら大間違いよ」

「お、お洒落じゃないのか?」

「伸ばした爪をきれいに整えて、先を尖らせる。保護剤で強化もするわ。そうしたらほら、こんなふうに」

 妙子はきれいなピンクで染まった指先を僕に差し出して見せた。よく見るとその爪先は薄く鋭利な具合に尖っていて、充分な凶器になりそうに思えた。妙子の唇に軽い笑みを浮かび、爪先がきらんと光った。

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第七百九十一話 休戦白紙化 [文学譚]

 随分長い間休戦状態になっていたのだが、突然白紙化を宣言されてしまった。おかしな話だが、休戦白紙というものを突きつけられてはじめて、ああ、争いはまだ終わってなかったんだと、再認識した。

 そもそも争っていたのはもう何十年も前なのだが、あまりにも不毛な争いだと双方ともに気がついて、だからといって勝敗を決するわけにもいかず、どちらからともなく休戦を申し出てとりあえずそういうことにしようということになったのだ。それからは元通りに仲良くなれたわけではないし、小さな小競り合い程度のことは何度もあったけれども、お互いに牽制し合いながらとりあえず平和な日常を続けてきたわけなのだが、ここ数年の間にお互いの環境も変わった。こっちは経済的にも安定しているものの、昔のような勢いはなくなってしまっている一方で、むこうは年月を経ていろいろと学んだのであろうけれども根拠のない自信をつけて、なにかにつけてこっちを威嚇してくるようにはなっていた。なんでいま頃そんな態度をとるのかなぁと不穏な空気は感じていたのだが、ことを荒立てたくなく、今の平和な状態を維持するに越したことはないと思っているので、折々にはまぁまぁと懐柔的な態度で対応し続けてきたのだ。

 それが昨日になって突然の白紙化宣言だ。いったい何を考えているのだか。休戦白紙ということは、要は戦いを再開しましょということなのだろうか。もう長いことまともに話し合ったりしたことがないので、むこうが何を考えているのかわからない上に、いまさら話し合おうなんてことを提案するのもあまりにも敷居が高い。

 どうしたものか、これからまた毎日不安定な気持ちで過ごさなければならないのかと思うと、胃を悪くしそうだけれども、当面むこうがどう出るか、様子を見守る以外になさそうだ。人間とはほんとうに面倒くさいものだ。なぜ自分の利益や立場ばかりを考えるのだろうな。

 俺たち夫婦のことなんて、世界で起きていることからすれば小さなことなんだろうけれども、俺にとってはそれがいちばん身近で大きなことなんだ。夫婦争いの休戦白紙化なんて、ほんと、やめてほしいよ。

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第七百九十話 気の利いた台詞 [文学譚]

 近ごろ歳がいったからか、妙に涙腺が弱くなってしまって、ドラマなんか見ているとすぐに涙ぼろぼろになってしまう。ひとりで見ている分には別になりふり構わずティッシュで拭いて鼻をかみゃぁいいのだけれども、カミさんや子供が一緒に見ている時など、涙してるのをごまかすのがたいへんなのだ。まぁ別に泣いてるところを見られて不都合はないけれども、液晶画面に向かって大の男がわうわう泣いている姿など、彼らだって見たくはないと思うんだな。ときどき、こっそり涙を拭おうとしていたら、カミさんも同じように泣いていて、ふたりで笑ってしまうってことはあるけれどもね。
 仕事仲間のやっちゃんと昼飯を食いながらそんな話をしていたら、やっちゃんはそういうドラマなど一切見ない男で、じゃぁいったい何を見てるんだいと訊ねると、野球とか相撲を見ているそうだ。まぁ、興味がないのなら仕方がないが、そんな男にドラマの話をしてしまったものだから面倒くさいことになった。
「ふーん。で、そんなテレビとか見ててなんで泣くんだ?」
「なんでって……そりゃぁいい話だからだよぉ」
「いい話ってのは何か? テレビん中で誰か知らない奴が幸せになるってんだろ?」
「まぁ、そういうことだけど、幸せになるから泣くわけではないなぁ。誰かが死んだり、たいへんな目にあってたり、そんな話を見て泣くんだなぁ」
「ふぅん。やっぱり、他人の不幸は蜜の味って言うからなぁ」
「蜜の味? わしが人の不幸を楽しんでいると?」
「違うのか? でも、近いもんがあるだろ? え?」
「いやぁ……そうかなぁ……いや、不幸とかなんとか言ったけど、実際のところは、出てくる人間の言葉に勘当したりするんだなぁ」
「言葉って、あの、セリフとかいうやつか?」
「そうそう、セリフ。名台詞」
「ほぉ、たとえばどんな?」
 どんなと聞かれてすぐに思い出すほどいい頭はしていない。
「ええーっと。そんな急に聞かれてもなぁ。名台詞っちゅうのはあるんだがなぁ」
 隣で聞き耳を立てていた経理課の福本女史が口を挟んできた。
「『愚かなほどに愛している』、『色鉛筆と同じ。大事なものから、先になくなるの』」
「お、お。なんだなんだ? 福ちゃんもドラマ好きか?」
「当たり前じゃない。最近いいドラマが多くて困っちゃう」
「今のがその名台詞ってやつか? なるほどそんなんなら、俺だって知ってるぜ」
 やっちゃん、福ちゃんの参戦に急に積極的に会話をふくらませてきた。
「『桜があんなに潔く散るのは、来年も咲くのわかってるから』、『相手を信じねぇってことは、相手からも信じられねぇってことだ』、どーでぃ」
「おま、野球しか見ないって言っときながらなんで、そんな」
「まぁ、俺は賢いからよ、このくらいのことならなんでも知ってるぜ」
「ひゃぁ、やっちゃんさん、かっこいい」
 福ちゃんにおだてられて、やっちゃんはさらに調子にのって、主人公に成りきったような演技っぽい調子で続けた。
『どこか一つでも似てるところがあれば、旭の中に自分が生きてると思えると思わないか?』
『子供の悲しみを呑み込み、子供の寂しさを呑み込む海になれ。』
『ならぬことはならぬのです』
 三つ立て続けに演じて見せてからやっちゃんは得意そうに鼻をふくらませた。
「おま、ほんとうは見てるだろ、ドラマ」
「いいや。あんな女々しいもん、俺は見ねえ」
「ならどうしてそんなに知ってるんだ?」
「どうしてって、こんなもん、ネットで調べればちょちょいと出てくるわな」
「ネットでって、お前いま、いつネットで調べた?」
「俺じゃねーよ、そこにいる書き手さんが調べたんだよ」
「そこにいる? 書き手さん? それ、誰のことだ?」
「ま、そんなこといいじゃん。そんなことよりさ、普通、こんな小洒落た台詞がぱっと出るもんか?」
「普通は無理だな、ああいうのは、ドラマの中だから」
「だよな。ドラマの中じゃなければ、ああはいかない」
 また福本女史が口を挟む。
「そうよね。いまここでやっちゃんさんやおっさんが急にかっこいい台詞を決めたらすごいわよね」
「事件は会議室で起きてるんではない、現場で起きてるんだ!」
「同情するなら金をくれ」
「僕は死にましぇん!」
 わしらは順番に知っている台詞を並べ立てた。福ちゃんの関心を惹くために。だって、福本女史は若くて美人なんだから。
「それってぜんぶ人の台詞じゃない。そんなのだめよ。オリジナルでなくちゃ。今ここでぱっとしゃべるオリジナル」
「そ、そんなの無理無理」
 わしらは口を揃えてそう言った。
「でもさ、ドラマの中では、いまのようなタイミングでも、ぱっといいこというよね、オリジナルの」
「そりゃぁ……さっきもやっちゃんが言ったけどよ、そこがドラマっちゅうやつじゃないか」
「でも、テレビの中では、さも即興のように言うでしょ? あれはいったい誰が言わせてるのよ」
「誰がって、そんなもん、作家先生に決まってるじゃないか」
 やっちゃんも付け加える。
「作家先生が何日もかかって考えた一言を、テレビの中で言うんだもんなぁ。そりゃぁ決まるぜ」
 福本女史は、真面目な顔をしてわしらの顔を見つめて言った。
「ふぅん。でも、ここだって……誰かが書いてるお話の世界でしょ? どうして気の利いた言葉とかがないのかしら。やっちゃんさんが言うように、何日もかけて気の利いた言葉を考えてるのなら、ここにいる私たちだって、そういうカッコイイ台詞を言わせてもらってもいいんじゃないのかな?」
 すると、どこからともなく三人の誰でもない声がした。
『そんなもん、私はいま書きながら考えてるんだもん。そんな何日も考えてらんないもん。毎日一話書くの、大変なんだから、もう! わがまま言わないで!』
 声を聞いたわしとやっちゃんと福本女史。三人は驚いてそのままフリーズしてしまった。
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第七百八十九話 どうかしてるぜ [可笑譚]

 笑いのツボがわからなくなってきた。デビューしたての頃は勢いだけで身体を張るような芸を見せるだけで笑ってもらえていたような気がするのだが、結局その場限りの笑いでしかなかったのだろう。結局売れることなく十年が過ぎていまに至っているのだ。
 いったいお笑いってなんなのだろう。いつも吉田は思っている。芸人になると決めた時、大反対していた親父から言われた。人前で自分を晒すことは難しいぞ。人を笑わすことはあっても、人に笑われるような人間には決してなるなと。そのときはよくわからないままにうんうんと頷いてみせたが、結局親父が何が言いたかったのか未だにわかっていない。ただ大勢の前で人を笑わせるというのはとてつもなく難しいということだけは親父の言った通りだと思う。
 テレビや劇場で毎日のように顔を見せて世間を沸かせている芸人はたくさんいるように見えるが、実際にはその影には十倍以上の売れない芸人や芸人見習いみたいのがうようよいる。自分もそのひとりであり、いつかは毎日テレビに映し出されるような立派な芸人になるぞと思っているのだが、何かがうまくいっていないようなのだ。
 近ごろよく考えるのは、笑いにはセンスというものが大事なのではないかということだ。笑いのセンスさえあれば、そこにいるだけで皆を笑わせ楽しませることができるに違いない。そして自分にはそのセンスがあるとずーっと思っていた。ところがお笑い芸人になって十年目にしてようやく自分には笑いのセンスなどないのではないかと気がつきはじめた。
「なぁ、俺、お笑いには向いてないんじゃないか? どうも笑いのセンスがないように思う」相方に言うと、即座に答えが帰ってきた。
「アホかお前は。いま頃何を言うてるんや。そんなセンスなんかあったらこんな苦労はしてへんわい。そやから毎日血の滲むような努力をしてきたんとちゃうんかい!」
 確かにその通りだ。努力、努力。毎日が努力。でも、十年努力してきて芽が出ないということはどういうことなんだ? そう疑問を持つしかないのと違うか。
 同じ悩みを持つ売れない仲間は山のようにいる。みんなプロとは呼べない、ほとんどあま中に近い状態で長い年月をお笑い業界の中で過ごしてきた。そんな仲間たちが集まると、お互いにどうしたら上に上がれるのか、どうすれば笑いの腕を磨けるのかという話で持ち切りになる。だがそんなものに答えはない。売れる奴は黙っていて売れていくし、立派な持論を説いて頑張っている奴が消えていくこともしばしばだ。だから結局、お互いに傷の舐め合いをし、お前のここがいい、あそこが上手いと褒め合っては慰めるような話になっていく。だってそうでもしなければ、お笑い業界の中で耐えられなくなってしまうから。
「もうちょっとちゃうけ。お前十年やろ。俺はもう十三年こんなことやってんねん。それでもまだまだやれると思とるで」
「お前のギャク、おもろいけどなぁ。まだ世間が追いついてないだけちゃうか?」
「お前のボケ具合は天然やで。あれがセンスっちゅうもんとちゃうけ? そこんとこ、もっとうまい具合になぁ……」
 お互いに褒めたり褒められたり。時には少しだけ批評してみたり。そうやって皆でわいわい言いながら安酒を飲んで、寝て、また起きて。こんな仲間は暖かいと思う。だけどもお互いに褒めあって褒められあってきた仲間の中からブレイク出来た人間はまだ一人もいない。むしろ、褒めあい仲間の輪から少し離れたところで黙って飯食ってる奴がポーンと売れてしまうケースの方が多いように思う。それって、どういうことなんだろうな。皆で助け合っているだけではダメなんかいな。
 相方にそんなことを言ってみると、しばらく考えてからあいつが言った。
「俺らが皆とつるむのは楽しいけれど、それって、お前のギャグみたいになっとんちゃうやろか?」
「お、俺のギャグみたいに? なんやそれ」
「みんなで傷の舐め合い、褒めあいすることでな、よしよし言うてお互いにええことないんかもしらん」
「だから、俺のギャグって?」
「お前まだ気ぃつかんか? 言うてみ、いっぺん」
「俺のギャグ? ……ど、どうかしてるぜ?」
「そうや、もういっぺん」
「どうか……どうかし……あ、わかった!」
 同化してるぜ。なんやそうか。そやけどそれなんや? みな一緒に同化してるって? 相方もセンスないんちゃうん。
                         了
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第七百八十八話 自縛テロ [脳内譚]

「おい、いいか、あいつらのせいで俺たちはこんなことになっているんだ。わかってるか?」
 妙な良心が働いて躊躇している俺に業を煮やしたリーダーが言った。
「もちろん、わかってるつもりだけれど」
「つもりだが、なんだ?」
 こんなことをして何になるのかと言いたかったが、いまここでそんな議論をしても何もいいことはないと思いとどまった。
「いえ、すみません。考え違いしてました」
「わかってくれるのなら、それでいい。いまここでみんなの気持ちが薔薇払いなっては困るのだ」
 表面上は納得したような顔をして、俺は皆のいちばん後ろについた。リーダーの号令で皆それぞれの持ち場について、俺たちの聖域を荒らしにやってきた人間どもをそれぞれのやり方で吹っ飛ばし、奴らは幸いにして命までは失わなかったものの、這々の体で逃げていった。
「ふふっ。非力な奴らだ。俺たちの手にかかったらあんな奴ら……」
  サブリーダーが言うと、皆も奇声を上げて勝利を喜んだ。そうだ、ここは俺たちサンクチュアリ、聖域なのだ。それなのに奴らは土足で上がり込んでくる。何度 痛い目にあわせても、次には新手の人間を送り込んでくるのだ。もういい加減にすればいいのに。そのうち命を失うことにもなりかねないのに。
  もう忘れてしまっていたが、俺だって最初は向こうの側にいたはずだった。いや、少し違うな。あいつらのように土足で聖域を踏みにじるようなことはなかった はずだ。おれは実態調査のためにここに来た。調査部隊の一員だった。いまとなってはそんなことも忘れてしまっていた。あまりにも長い年月が過ぎ去ってし まったので、おれはもう最初からここにいて、ここの者どもと同じ仲間のように思い込んでしまっていた。だが、聖域を荒らしに来る連中を痛めつける度に、な んらかの違和感を感じている自分に気がついて、こんなテロリストみたいなことに手を出すのを憚るようになっていたのだ。何故だろうと自問自答しているうち に、大昔の自分の姿を思い出した。あのとき、ここにやってきた俺は、 あまりにも深みに入り込みすぎて、ここの連中に共感してしまった。ここれテロを行い続ける者にも、ちゃんとそれなりの理由があるのだ。相手には理解できな いような悲しい歴史があるのだ。つまり、立場の違いというやつだ。向こうから見れば忌まわしい敵かもしれないが、こちらから見れば向こうこそが忌まわしい 敵なのだ。そんなことを思ってしまった俺は、いとも簡単にこちらの世界に取り込まれてしまった。以来、俺はこちらの世界に住みつくようになり、もはや向こ うには帰れなくなってしまった。どうせ向こうにもなんの未練もない境遇だったから、どちらでもいいと、あのとき思った。
 テロなんて言葉、最近流行っているからついそう呼んでしまったが、実際にはそうではない。そうではないが、己の聖域を守る聖戦という意味では非常に似通っているような気もするのだ。
  奴らはまた新たな人間を送り込んでくるだろう。しかしそれは、俺がそうだったような良識による者ではない。単に好奇心や不埒な遊び心でやってくるだけだ。 彼らに思想はない。相手を思いやる心もない。なぜここに来るのかという学識もない。何もない。そんな奴らが冷やかし半分でやって来ることには腹が立つし、 追い払ってやろうと思う。
 なぜ奴らは、どうしてこちらの安らかな気持ちを揺さぶろうとするのか。死者への畏敬の念を持つという発想がなぜないのか。向こう側の人間と、こちら側の立場、両方を知っている俺の心はそうやって常に揺れ動いているのだ。自分が地縛霊になってしまっていうことを忘れて。
                                了
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第七百八十七話 膝上天国 [日常譚]

 私が床に座っていると、必ず膝の上にやって来る。頭だけを乗せるときもあれば、からだ全体を委ねてくるこ とだって。重いっていってどかせることもあるけれども、たいていはかわいそうだからそのまま膝の上で迎えてやる。まぁ、可愛いと思えば少々の重さなんかど うってことないもの。
 困るのは、テーブルで書き物なんかしているときに膝の上に飛び乗ってこられること。字を書くのは腕から先だからよさ そうなものだけれども、それだってやっぱり下半身ともつながっているわけだから、ちょいと方を動かすのにも膝の上に乗られていると、少々動かしにくいの だ。でも私が動けば膝の上も居心地が悪くなって離れてしまうから、できるだけ我慢うるようにしている。
 要は基本的に甘えん坊なのだ。甘え ん坊のくせに時折噛み付いてくるのがしゃくに触る。甘えてくるのは許せるとして、「腹が減った、飯はまだか」とか、「ちょっとなんで動くんだ、ぬくぬくし ているのに」とか言って怒るのはあまりにも自分勝手だと思う。そうした自分本意なことで噛み付くくせに、別のときには膝の上に顔を乗せたまま、首をのばし てきて、さすれという。首筋を優しくさすってもらうのが好きなのだ。そんなときはいい加減にしろ! 言いたくもなるのだが、やっぱり可愛さに負けてしまっ て、書き物の手を止めて首筋をさすってしまうのだ。
 ほんとうに同居人というものは厄介なものだ。これが犬や猫ならまあ人にも言えるのだけれども、立派なおっさんが膝の上に乗ってくるというのも、私個人としてはもう慣れっこだけれども、そんなこと誰にも言えないのがちょっとねぇ……。
                          了
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