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第七百三十七話 ゲームかんせん [文学譚]

 仕事中にスマートフォンのアラームがピピっと鳴った。ん? メールの着信

か? と思ったら、アプリからのお知らせだった。「かぼちゃが届きました。確

認してください」

 ひと月前、友人から勧められてあるゲームをスマートホンにインストールした。

LIMEという通信アプリとジョイントするゲームアプリで、昔流行ったテトリスみた

いなゲームだ。画面の上の方からさまざまな野菜が落ちてくるのだが、カボチャ

頭のキャラを操ってカボチャを投げ、落ちてくる野菜を食い止めるという、ごく単

純なゲーム。暇つぶしにはもってこいだが、わたしはそれほど暇を持て余して

いない。だからインストールしたっきり、ほとんどこのゲームで遊んでいないの

だが。

 ゲームの特徴はもうひとつあって、手持ちのかぼちゃがなくなると、ゲーム終

了してしまうのだが、ネットを通じて友人からかぼちゃをもらうことができるのだ。

反対に、こちらがゲームを続けているとかぼちゃが増えていくので、それを友人

に送ったりする。要するに、単純なゲームをしながらかぼちゃの貸し借りをする

という仕組みになっているようなのだ。

 わたしにゲームを勧めた友人は、これやってかぼちゃを送ってね、と言ってい

たが、友人が増えれば増えるほどかぼちゃのやり取りが増えて、有利にゲーム

を楽しむことができるらしい。わたしはゲームをしていないのだが、時折その友

人からかぼちゃが送られてくる。するとわたしもお返しするためにゲームを立ち

上げてひとしきりゲームをした後、かぼちゃを送る。

 あるとき、設定画面を見て驚いた。いつの間にか友人のリストが増えている

のだ。このゲームは、LIMEという通信ソフトを基盤にしているために、スマート

ホンに保存されている電話帳の中身を照合し、オナジLIMEを使っている人を

自動的にピックアップして通信可能相手リストに並べてくれる。そのLIMEと連

携しているゲームなので、友人リストをそのまま持ってくるようだ。同じゲームを

立ち上げた人の電話番号を自動的にゲームの設定に読み込んで、さぁ、カボチ

ャを送りましょう! とささやいてくる。なんだこれは? 最初見たときには三人、

その次には五人、さらに今見たら十人に増えている。しかも、その住人のうち

四人は知らない人だ。わたしの電話帳には入っていないはず。なんで? よく

調べてみたら、づやらまたほかのSNSアプリでつながっている人をも見つけて

くるらしい。

 かくしていまやゲームを通じてつながっている見知らぬ人がどんどん増えよう

としている。そんな知らない人にかぼちゃを送っていいものか? でも知らない

人からかぼちゃが頻繁に送られてくる。毎日毎日、スマートホンはピッピっと鳴り

続けて、様々な人からかぼちゃが届いたと知らせてくれる。その度にわたしはゲ

ームを立ち上げて、知らない人からかぼちゃを受け取り、同時にかぼちゃを送り

返す。ゲームはこうやって人と人をカボチャでつなぎ合わせることに生きがいを

感じているようなのだ。カボチャ、かぼちゃ。わたしの日常に入り込んできたか

ぼちゃ。ふとなにかを連想する。これって・・・まるでウイルスみたい。人から人

へとどんどん広がっていく、ゲームウィルス。別にやりたくもない単純なゲーム

をしなければならないように仕向けられる、ゲームのウイルス。止めるためには、

このアプリを取り除かなくてはならないだろう。そうだ、これは感染だ。わたしは

知らないうちに、このかぼちゃゲームに感染していたのだ。

                                 了


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第七百三十六話 影響力 [文学譚]

「大切なことは、ひとりひとりの心の中にあるはずなんです!」

 重吉は一言ひとことに力を込めて静かに語りだした。それまでなんだかんだ

と口々に喋っていたみんなは、重吉の声に一瞬ぎょっとしたが、それぞれが座

っている一から首を捻って声のする方向、重吉の姿に視線をやった。

「だいたい、みんな自分の立場ばかり考えているのではないのかな。わしらは

いまもっと大切なことを成し遂げる局面に立たされていると考えられんか?」

 重吉の言葉に頷く者はまだ一人もいない。ここに集まる者はみな、同じ考えを

持ち、地域の生活改善のために、ひいてはこの国をよりよくするために集まって

来ているのだから、前向きな意見が出れば大抵は大きく頷きだすのが常なのだ。

「わしも今までは自分のことしか考えられんかった。だが、あるとき目からウロコ

が落ちるように、冷静に世の中が見渡せるようになった。いまは政治も、行政も、

教育現場ですらくすんでおる。いや、汚れているではないか。そうしたことに、た

とえそれが見過ごされがちな小さなことであってもだ。わしらはきちんと見据えて

悪ければ悪いと、もっと大きな声を上げるべきなのではないのかな?」

 普通ならここで拍手のひとつが上がっても良いような名言ではないか。だが、人

々は怪訝な顔をしたまま重吉を眺めていた。中には困ったようなしかめっ面をして

いる者すらいる。重吉はあまりの熱弁に顔中が上気しはじめ、額からは小さな汗

粒がぶつぶつと浮かびはじめていた。もとより赤ら顔である重吉の顔は一層赤く

染まり、それが酔客のような面持ちをより一層濃くしていた。

「わしは、たとえひとりであっても正義のためになることを貫こうと思う。それに反

する者や事柄には、断固異論をぶつけていくことにする!」

 そう断言して重吉が口を閉じると、ようやく静まり返っていた会場の中には普段

のざわめきが戻ってきた。誰もが体勢を取り戻し、各々が向かっていた相手に向

き直り、今の数分間、何ごともなかったかのように、何も聞こえなかったかのよう

に、先程までの自分たちのおしゃべりに戻っていくのだった。

 重吉はこの町においては長老と同様に齢を重ねた老人であり、皆からの尊敬

を集めてもよさそうな年格好ではあるのだが、なにしろ町内ではどうしようもない

不良老人で、朝っぱらから酒に酔っているアル中気味の爺さんであるというレッ

テルが貼られているから、なぜこの集会にやってきたのか、いったい誰が爺さん

を呼んだのか、とんいかく迷惑であるから即刻帰って欲しい、などとすべての人

間に思われているのだ。たとえ今日は一滴も飲んでいないとしても、たとえ今日

は町の発展のために考え抜いた知恵を披露するためにやってきたのだとしても、

常日頃から培われた老人の立ち位置は俄かに変化するものではない。集会所

の人々にとって、重吉は空気のような存在、いやそれ以下の存在であり、重吉

が何を語ろうとも、それは酔っぱらいの戯言にしか聞こえないのだった。

 重吉が本来賢くて、いまは素面で、どんなに素晴らしいことを語ろうとも、いま

の重吉は、世界でもっとも影響力を持たない大馬鹿者でしかないのだった。

                                 了


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第七百三十五話 四次元ポケット [文学譚]

 私は、「世にも奇妙な物語」というテレビドラマが大好きなのだが、その冒

頭部分で語られる「奇妙な世界が、ほら、あなたのすぐ隣にあるかもしれな

い」と、いささか脅しめいたナレーションを聞くと、ほんとうにそうなのかもし

れないと思ってしまう。そう、非日常な現象は、きっと日常の中にこっそりと

忍び込んでいるのにちがいない。 私は薬品メーカーに務めるしがない営

業マンだ。日夜医科向けの薬品サンプルを持ち歩いては病院に出向いて、

医師を相手に新しい薬の効果を説明し、試しに使ってみてほしいと頼み込

む。医師にとっては、同じ薬効の薬であれば、A社のものでもB社のもので

もまったくかまわないと思っている。昔は袖の下に酒やお金を忍ばせて、薬

効以外のところで売り込むという荒業が横行していたものだが、コンプライ

アンスが叫ばれる昨今では、そうした闇の取引は一切御法度になってしま

った。正義のためというよりは、医師自信が我が身の安泰を第一に考えて

いるので、怪しい物は一切受け取らなくなったのだ。

 そうなるといよいよ製品そのもののクオリティ勝負ということになるのだが、

技術が進んだ昨今、どことも製品の内容は変わらない。だから営業の人柄

や熱心さ、説得技術の良し悪しが問われるようになったというのが、直近の

営業事情だ。 私も脂が乗り切っていた頃には口もうまかったし、熱心さは

誰にも負けなかった。ところが年齢とともに体力が衰え、出世の程度も見え

てきた近ごろは、なんだか気が抜けてしまって、何かとへまをすることが増

えてきた。とりわけ物忘れが増えて、大事な商談の道具を忘れてしまったり

する有様だ。あるとき、携帯電話を会社に置き忘れた。医師に尋ねられたこ

とがあって、携帯電話があればその場ですぐに調べて間髪入れずに返答す

ることができるのに、後ろに控えている同業者においしい話を持っていかれ

るのではないかと肝を冷やした。 もしかしてどこかに持っているのではない

かと、念のために背広のポケットに手を突っ込んでゴソゴソしていると、指の

先にコツンと何かが当たった。あれ? さっきはこんなもの入っていなかった

のに。なんだろう? 指先に当たるものは、その時は小さなかけらのような物

だったが、指でつまんでぐいと引っ張ると、みるみる大きさを取り戻してポケッ

の中にすっかりと全体を著した。それはわたしの携帯電話だった。なんだこれ

は? まるで手品のポケットのようだ。いままでなかった物が、急に姿を現すな

んて。それはともかく、私は取り戻した携帯電話で情報を確認して、その結果を

医師に伝えた。医師は私の対応の素早さに感激して、余分な発注をかけてくれ

た。

 病院を出てから、不思議な現象を確かめようと、ポケットの中を散々調べて

みたが、なにも変わった様子はなかった。その次にもまた同じような現象が起

きた。その時は、持ち出したはずの薬品サンプルを忘れてしまったときだ。会社

に取りに帰るべきかどうしようと迷ったが、あの時のことを思い出して背広のポ

ケットに手を突っ込んで、薬品サンプルの名前を強く思い浮かべた。するとまた

、指先にゴソゴソした感触が伝わり、みるみるうちに忘れたはずの薬品サンプ

ルが出現した。この薬品サンプルを取り出す際に、このときは指先でポケット

のそこを確かめてみた。すると、驚いたことに、ポケットの中には深い穴が空

いているようだった。薬品が出現してしまうと、その穴はすぐに閉じてしまった。

 なんなのだこれは。いくら考えてもわからなかったが、ひとつだけ連想した

ことがあった。子供の頃に大好きだった、猫型ロボットが出てくる漫画の小道

具。そう、四次元ポケットと呼ばれていたあれだ。漫画の中では猫型ロボット

の胸に取り付けられた半月型のポケットからなんでも取り出せるという、まさ

しく夢のような道具だった。まさかそんなものが、私の背広のポケットに。冷

静に考えるとあるはずがないことだったが、現に二回も忘れ物を取り出すこ

とができたという事実が目の前にあった。 その後も度々、必要な物がポケ

ットからでてきたし、そうなるともはや、忘れ物など怖くはなかった。むしろ、

わざと会社に置いてきた物をあとでポケットから取り出すなどということさえ

するようになった。

 この頃、電子化されたデータは、クラウドという空に浮いている仮想ファイ

ルの中に主運もうしておけば、いつでもどこでも電子機器で取り出すことが

できるが、わたしにポケットは、同じようなことが電子ではなく物理レベルで

できるんだからすごい。ポケットの中から現れるものは、携帯電話や薬品サ

ンプルという小さな物には限らなかった。アタッシュケースであったり、場合

によっては自転車でさえ取り出せた。まさに猫型ロボットの四次元ポケット

そのものだった。私は、自分自身の体力や能力が衰えた分、このポケット

の力によって十二分にカバーすることができたのだった。

 しかし私はいい気になりすぎたのかもしれない。あるとき、わざと持って

出なかった見積書をポケットから取り出そうと、強く念じながらポケットに右

手を突っ込んだ。だが、いつまでたっても書類特有のガサゴソとした感触が

現れない。あれ? どうしたんだ? 私はより深く手をポケットの中に突っ込

んで探した。元来十センチほどしかないポケットの中に、私は右腕の半分ば

かりを突っ込んでいた。指はポケットの底にある穴の中深く入り込み、それで

も何も見つからない。次第に焦り始めた私は、ますます深いところに腕を突っ

込んで、もはや方のあたりまでがポケットの中に入ってしまっているという、大

変にアクロバティックな格好になっていた。しかしそれでも書類は現れない。し

まった。ポケットがいうことをきかなくなった! そう気がついたとき、ポケットの

中に突っ込んだ私の手の先に何かが触れた。指先に柔らかい感触。何だ? 

思うまもなく、わたしに右手が何者かによってがっちりと掴まれ、私の腕は強い

力で引っ張られた。何だ? 誰だ? どうなってる? そう思った瞬間、私は背

広の右ポケットの中に右肩からぐいと引っ張り込まれ、遂には身体全体がポケ

ットの中に引きずり込まれてしまったらしい。左足先が最後にポケットの中に入

ったと感じた瞬間、背広のポケットがぽとりと地面の上に転がり落ちていくのが

わかった。                                了


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第七百三十四話 テロリズム [文学譚]

 組織は都心のど真ん中にあった。ビジネス街に位置する商業ビルの地階に

在していた。地階という場所のイメージからは、まさしく”地下組織”を連想させる

が、意外なことに賑々しく存在し、室内には常にBGMが流れている。実は、表向

きはダンススタジオの看板を掲げており、実際にダンス教室をひとつの収入源に

しているので、まさかここが秘密組織のアジトであるなんて、誰も思わないのだっ

た。

 秘密組織の名は”幸福平和団”。軟弱そうに聞こえるが、Happy&Peace Organi

-zationを日本語に置き換えるとこういう名称になってしまったのだ。彼らは独自

の宗教を教義として掲げており、その教えに従ってまさに世界の平和と人々の幸

福を自分たちがになっていると信じている。宗教団体ではないので、教祖という

者はいないが、総裁として祭り上げられているのは独自の宗教のシンボルとして

崇められている像によく似た小柄で腹の突き出た禿頭の男。しかし実際に権力を

行使しているのは武闘家タイプの男である。この男は一見中東あたりの出身かと

思わせるような浅黒く彫りの深い精悍な顔立ちで、長身で筋肉が発達した体躯は

まさにソルジャーそのものである。威圧感のある彼が言葉を発すると、組織の人

間のみならず、誰でも従わざるを得ないような気持ちになるのだ。

「また、テロリストが悪さをしているようだな」

 近々にアフリカで起きた事件に、男は業を煮やしていた。平和を愛する彼らにと

て、暴力に物を言わせて世間を制圧しようとする輩は許せないのだ。

「間違った宗教が流布されているから、あのような狂信的な人間が騒ぎを起こす

のだ。世界が我々と同じ教義の下に生きるようになれば、必ず地球上は幸福と

平和に満ちたひとつの世界になれるのに」

 世界中で戦争や紛争が起きるたびに、男はそう言って呻く。そう、まさに世界

平和と幸福のために彼らは日夜活動している。彼らの活動は、もちろん自らの

教義を世界に広め、全人類を同胞にするためにある。実は、ダンススタジオも

単に活動費用捻出のためということではなく、ここで広めているダンスにこそ、

秘密兵器が隠されていた。彼らのブレインが、人の心をつかみ、人の行動を

コントロール出来るサウンドを遂に開発したのだ。いまやその秘密兵器は完

成し、いよいよ人類同一化のために稼働しようとしている。

 リーダーは、自室にある音響機器の電源を入れた。完成済みのサウンドが

流れる。自らの武器である音が身体に伝わってくると、自然と身体が動き出す。

矢も縦もたまらなくなって手足、腰が動き始めるのだ。この音楽に併せて開発

されたダンスを知っていれば、自ずとそれが実施される。あるいは知らなくとも、

そのダンスを見ると、自然に同じ動きが伝染する。これこそが組織の新しい武

器だ。誰が何をしていようとも、この音を聞くと勝手に身体が動き出し、そのとき

提示されたダンシングをはじめる。そうなると、もはや世界はダンスになる。国会

の最中であれ、株式集会の途中であれ、仕事中であれ、みんながダンスをはじ

めてしまう。これこそが暴力を伴わない平和に世界を変えてしまう新たなテロだ。

喧嘩のさなかでも、戦場でも、音を流せば、敵も味方も一緒になって踊りだす。

 ずんちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

 ずんちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

 この単調なリズムにこそ、人身をコントロールする秘密の力がある。これこ

そが”テロ-リズム”なのだ。我々は、いまから世界中にこの音をばらまくつも

りだ。そうなればもはや、我々に逆らえる人間は誰ひとりいないだろう。仮に

我々に抗おうとしても、この音が流れると踊りだしてしまうのだから。

 さぁ、地球上の同胞たちよ、我らと一緒に踊ろう。そして、我らの神、ビリン

ケさんの御足を撫でて幸福になろう。世界に平を。人類に幸福を! ずん

ちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

                                了


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第七百三十三話 ある恩師の訃報 [文学譚]

 古い知り合いから訃報の電子メールが届いた。亡くなったのは高校時代の恩

師だ。僕が所属していたバレーボール部の顧問でありコーチだった。スパルタ

式の厳しい指導で知られ、その方式で弱体だったバレー部をいきなり全国大会

に導いた熱血教師だった。その後もバレー部は毎年地方大会の優勝と全国大

会での上位入賞を繰り返し、それが母校の伝統となった。

 ところがある年、キャプテンが先生のスパルタ指導に音を上げてしまい、数十

発殴られた翌日にメモを残して自殺してしまった。それまでも暗黙のうちにスパ

ルタ指導、すなわち体罰を含めた厳しい方法が続けられていたのだが、この事

件をきっかけにこの教師は暴力教師としてクローズアップされることになった。

その時点では、指導のために教師が生徒に手をあげることが当たり前になって

しまっていたのだ。

 ところが時代は昔と違っていた。かつてまだ熱血の空気を引きずっていた時代、

千九百八十年代には、少々荒っぽい事があっても、生徒の親は「よく叱ってやっ

てください」という姿勢があったのだが、二千年を過ぎた頃にはもはやそのように

考える親はいなくなってしまった。ひたすら子が可愛くて、ちょっと口で叱っただけ

でも、なんでうちの子が! と怒鳴り込んでくるような大人が増えたのだ。

 小学校の運動会にしても一着二着と差別するのはけしからんということで、着順

を決めないような時代。親がそうなれば、子供だって同じ環境の中で打たれ弱くなっ

ていたのだと思う。手をかけられて耐え抜くほどの根性を持った子供は皆無になっ

ているのに、教師側は以前スパルタ方式が通用すると思い込んでいたのだ。

 あの学校には暴力教師がいる。暴力を使って部を強くしている。そんな噂はすで

に何年も前からあったのだが、それでも学校側は黙認し続けた。それが生徒の自

殺という悲惨な出来事によって表面化したのだった。

 この事件で教師はおろか、学校までも大きく転換を迫られ、結果、すべてが一新

されることになり、教師は更迭され、その後は不遇な人生を歩んだ。だが、僕たち

卒業生にとっては、あの頃、教師から受けたスパルタ指導が奇妙に懐かしい。あ

のおかげで今の自分があるような気がしているのだ。おそらく他の同窓生も同じ

気持ちだと思う。あの悲惨な事件は、時代錯誤であることに気がつかなかった学

校側の指導ミスであり、それに甘んじ続けた教師のちょっとしたやり方の間違い

だったのではないかと僕は思っている。

 いずれにしても、あの教師が不遇の人生を終え、いま安らかな眠りに就いたと

聞いて、矢も縦もたまらず会いたくなった。これから告別式だ。先生はたしかもう

八十を超えていると思う。僕だって卒業してから四十年も経って六十を過ぎてし

まった。二千四十年のいまになってこんな青春時代を思い起こさせてくれた熱血

教師に、あらためてお別れを言おう。

                                 了


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第七百三十二話 ある寒波の朝に [日常譚]

 昨夜のニュースでは最低気温だった昨日に比べて、今日は暖かくなると確か

言っていた。なのに、今朝目覚めると、空気そのものが冷たく、この冬いちばん

の寒さを感じた。最近は皮下脂肪が増えたせいか、あまり寒さを感じたことのな

い私なのだが、今朝は珍しく「寒っ!」と声を上げてしまったほどだ。こんなに寒

いとベッドから出る気になれない。そういえば子供の頃の私はひどく寒がりで、

前の晩から布団の中に衣服を持ち込んで眠り、朝になると布団の中に潜り込ん

だままで下着を替え、洋服を切るという怠惰な身支度をしていた。だって寒いん

だもの。

 さすがに大人になったいまはそんなことはしないけれども、しかし今朝はベッド

の中で着替えをしたい気分だ。半身を起こして首を伸ばし、マンションの窓から外

を眺めてみる。雪でも降っているのではないかと思ったのだが、窓から見える空

は青く、天気は良さそうだった。冬場は天気がよいとかえって寒いと聞いたことが

あるが、そういうことなのだろう。

 それにしても静かだ。普段なら表通りを走る車の音とか、道行く人のざわめきが

伝わってくるものなのに、しんとしてなにひとつ物音がしない。外側にむき出しに

なった廊下にやって来る鳩の声さえしない。これはいったいどうしたことなのだろ

う。私は毛布をかぶった浮浪者のような姿でのろのろとベッドを抜け出し、窓の方

へ向かった。ここはマンションの十階なので、窓からはひと通りの世間が見渡せる。

上から街を覗き込んで驚いた。一面氷の世界のようだ。いや、氷で閉ざされている

というようなSF的なことが起きているのではない。たしかに路面は凍っているよう

にも見えるが、それは近づいてみないとわからない。とにかく路上に車は何台もい

るが、どれもこれも停止している。歩道には人がいて、歩いている格好のまま凍り

ついている。まるで、液体窒素をぶっかけられて、一瞬にして凍りついたみたいに。

むかし見た怪獣映画でそういうのがあった。南極からやってきたペギラとかいう名

の怪獣が口から冷気を吐き出すと、すべてが凍りついてしまうという話だった。

 まさか、こんなことがありうるのだろうか。そう思いながらテレビをつけると、砂嵐

状態で、どの局もなにも放送されていない。世界は凍りついてしまったのか。これ

では当然会社も稼働していないはずだ。こんな恐ろしい状況の中で会社のことを

心配している自分が滑稽に思えた。まさか、これで会社に言ってたら笑われるよ

ね。笑われる? いったい誰に? 世の中はすべて凍りついているというのに。

もしかしたら、凍りついていないのは、私だけかもしれないのに。

 私は恐ろしくなって、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。暖かい毛布と羽毛布団

に包まれてぬくぬくしながら、頭の中だけは妙にクールだ。会社は休みだ。世界は

凍りついている……。

 そっと目を開いて思った。……そんなことになっていればいいのに。会社休めるし。

                                了


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第七百三十一話 ガス人形 [文学譚]

 ちょっと前に見た映画で興味深いのがあった。ドキュメンタリー出身の是枝

監督の作品なんだけれど、業田良家の漫画が原作になっている「空気人形」

っていう映画。タイトル通りのお話で、空気人形が主役。青年の持ち物である

空気人形がある日持ってはいけない心を持ってしまってって話。ここで、空気

人形ってなに? と思うけれどもどうもエッチな人形らしいね。ビニールか何か

でできている中身は空っぽ、空気だけの女の人形が心を持って、つまり自意

識が芽生えて、メイドの衣装を着て部屋の外に出かけていく。偶然入ったビデ

オショップの店員を好きになって、その店でアルバイトを始めて……。ありえな

いようなファンタジー。きっと、この空気人形を実際に持っている男性は、こん

あことが現実にあったらいいななんて思っているんだろうね。

 そういえば、人形が心をもつ話は他にもある。マネキン人形が人間みたいに

動き出すマネキンという洋画は続編まであったっけ。心を持った人形という話

はロボットの物語ともリンクする。ロボットというものは1,921年にチェコスロバ

キアのカレル・チャペクという人が戯曲の中で考え出したものが最初だそうだけ

れど、これだって言ってみれば動く人形。ただ、ロボットの場合は中身が機械で

あったり内臓みたいなものがちゃんとあるけれども、人形の場合、お腹の中は

空気か、せいぜい綿が入っているだけというのが悲しい。それにもっと悲しい

のは、心を持った人形の多くは、自分がただの人形であったという自覚を持た

ないことだ。心をもった限りは、自分は人間であると信じ込んでしまうから、現

実を突きつけられたときには一層大きな哀しみに襲われるのだ。

 わたしも最近おかしなことが気になりはじめている。わたしのお腹の中には

ちゃんと人間の内臓があるし、切れば血も出る……はずなのだけれども、本

当にそうかどうか、自信がなくなってきている。近ごろ頻繁に空気が漏れるの

だ。過去にもときどきそういうことはあったけれども、このところ多すぎる。空気

が抜ける度に、へしゃげてはいけないと思ってまた空気を吸い込んでは見るけ

れど。いったいどうしたことか。わたしもほんとうは空気人形なのだろうか。

 お尻の真ん中にある空気穴から空気を注入されたのかもしれない。いまはそ

こから頻繁に空気が抜け出ていく。止めることはたいていは難しい。静かに漏れ

るのならまだしも、人前で音がしてしまうこともある。しかも、この空気、どういうわ

けか臭いのだ。わたしはほんとうに空気人形なの? いや、これは空気ではなく

ガスというべきなのかもしれないな。わたしはガス人形?

                                  了


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第七百三十話 テロ [幻想譚]

「ここはいまから我々が占拠する」

 どこからか突然現れた赤い種族がそう言った。いつもと変わらない調子で仕

事に精を出していた黒い種族の多くは、しばらくはなにが起きたのかわからな

いままい隠れて様子を見ていたが、何人かは本部からの使者が来たのかと思

い込んで彼らに近づいていってしまったために、拉致されて人質にさなってしま

った。

「おいっ、我らには神が付いているのだ。なぜこんな狭いところに閉じ込められ

て暮らさねばならないのだ。我らにはもっと自由があるはずだ。我らの神こそが

万能の神だ。奴らに支配されなければならない理由なんてない!」

 なにかを信じている者は強い。どんな困難にも立ち向かえる力が神秘の中か

ら引き出せるからだ。

「いいか。俺たちはいまからここを破壊して外の世界に飛び出るのだ。そして奴

らから支配権を奪い取り、この国を取り戻すのだ。協力する奴は連れて行って

やる。そうでない奴は人質か、さもなければ命をいただく。わかったか!」

 そう言うと、赤い種族の首領と見られる者が赤い種族を選別しはじめた。お前

は仲間だ。お前は敵だ。その根拠は思想であり宗教だ。黒い種族と赤い種族は

もともとは同じ種族でその古い歴史は共通しているから、ほとんどの者が仲間

だと言えるのだが、中には今の生活に満足し過ぎて、異なる歴史を作ろうとして

いる者もいた。彼らは闘争よりも平和を望み、ここでの生活を気に入っている。

「君たちの言うことはよくわかる。だけど、世の中を暴力で変えようなんて、それ

は神に冒涜することにもつながるのではないかという考えも成立することは、

否めないのではないのか」

 こんな発現をしてしまう新世代の黒い種族はほとんどが敵だとみなされてし

まった。敵とみなされた連中は人質にされ、彼らを盾に赤い種族、そう、いわ

ゆるテロリストだが、彼らは移動をはじめたが、そのとき、天からとんでもない

ものが舞い降りてきた。大きな指だ。

「ママァ。僕の観察箱に変てこな大きな赤い蟻が迷い込んでいるよぉ」

「まぁ、アル。どこから来たのかしらね」

「うん、わかんないけど、お庭からじゃないかなぁ」

「で、一緒に飼うの?」

「嫌だ。僕は赤い大きな蟻なんて気持ち悪いし嫌いだ。黒いのが可愛いの。だ

からいま、指で潰してやったよ。簡単に出来た」

「まぁ、本当なの? 生き物の命はそんなに簡単に奪ってはいけないよ、でも、

その観察箱はお前の宝物だもの、仕方ないのかしらね、アル・ジュリア」

 こうして、アルの観察箱にまた平穏が訪れた。

                                      了


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第七百二十九話 温泉遊び [文学譚]

  かつーんと、桶がタイルの床に当たる音が響く。湯浴みをする客の声が反響
して、それが風呂屋らしい風情となっている。いくつもある大きな風呂桶に
身を沈めるみんなの表情が上気していかにもくつろいでいる様子がわかる。
わたしも早くその中のひとりになろうと、急いで掛け湯をしていちばん広い
浴槽に足を踏み入れた。
 その瞬間、湯の底に沈む足元がぬるりとして足の裏から逃げていき、あっと
いう間もなく頭が重力に引っ張られてしまった。ゆっくりと壁が揺らいで視
界に天井が入り込む。それはそれはゆっくりと頭が下がって、自由意志では
なく、後頭部から湯の中に突っ込んでいく。同じ浴槽に向かっていた見知ら
ぬ老女がわたしを見ている。その顔には驚き半分、笑が半分。わたしがもし
気絶でもしたら助けてくれるにちがいない。
 一旦は湯の中に潜り込んだ私の頭は、幸いにして湯に救われて打撲するこ
ともなく、従って気絶することもなく、すぐに起き上がることができた。
なんとか起き上がって態勢を取り戻したわたしを先ほどの老女が見ていて
安堵の笑顔を送ってきたので、わたしも同じような笑顔で返した。
 なんてこと。いきなり滑ってしまうなんて。身体を右腕で庇ったらしく、
肘に痛みが走る。打ったようだ。まったく。気をつけなければ。肩まで湯
に浸かりながら周囲を観察した。
 ここは都会の真ん中にありながら天然温泉が湧き出ているという温泉だ。
たまにはゆっくりしたいと思って近場の温泉を探してみたら、思いがけな
いほど近くに発見し、喜び勇んでやって来たのだ。ただの風呂だと思って
いたが、露天風呂はあるわ、サウナはあるわ、お楽しみ満載の温泉だとわ
かった。普通の銭湯の三倍近い料金なのだから、元を取らねばと、すべて
のお風呂を堪能してやろうと施設内を廻ることにした。まっ茶色の変わり
湯、ミストサウナ、塩サウナ、遠赤外線サウナ、露天風呂、転び湯、元湯、
ナノ湯、だいたいこんなものかとさらに見渡すと、奥の方に盗み湯と書か
かれた扉を見つけた。
 盗み湯ってなに? 興味津々で扉を開くと薄暗い廊下が続いていて、その
先に次の扉が見えた。それを開くと、うちのマンションと同じようなユニ
ットバスルームに出た。なんだこれは? しかし長い廊下に身体が冷えたの
で、狭い湯船に身体を沈めてみた。あら、案外いい湯。あったまっている
と、半透明になった扉の外で人の気配。
「おとしゃん、早く入ろ」
「おうおう、まぁ慌てるな、風呂は逃げていかん」
 子供の声と野太い声。え、えっ。なに? 男の声? びっくりしてわたしは
いま来た扉を探すがわからない。隠れなければと思って湯に潜ると、なに
かの拍子にまた薄暗い廊下に飛び出た。壁をみると、迷い湯はこちらとい
う矢印。その矢印に従って歩いていくと、今度はどこかのホテルかなにか
の廊下に出た。ホテルと思ったのは、豪華な赤い絨毯が敷かれてあるから
だ。なにこれ? どこ? 迷い湯? わたしは迷ったの? 素っ裸で小さなタ
オルを頭に巻いただけのわたしはとんでもないところに放り出されたよ
うで、急に恥ずかしくなってきた。誰か来たらどうしよう。帰り道は?
 誰もいない廊下に帰りの扉を探し回ってようやく小さな扉を見つけた。
 あの湯。そう書いてある。あの湯? なに、あのって。あの世? まさか。
次第に身体が冷えてくる。廊下の向こうに人影が近づく。どうしよう。
あの湯? なんなの? ままよっ! わたしはその小さな扉の中に飛び込ん
だ。
                                                            了

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弟七百二十八話 哀しみを知らない女たち [文学譚]

 テーブルの上のキャンドルが微かに揺れている。とてもカジュアルなお店な

んだけれども、こういう演出がちょっと洒落ていて気に入っている。私たち五人

はときどきここでアラフォー友だちの絆を確認し合う。 「慶子はどうなの?」

 真知子に聞かれて慶子は曖昧に笑いながら答える。

「どうって。相変わらずよ。崇は週末にうちに来るけど、自宅も滞りなく」

 慶子の自慢の彼氏は妻子持ちだ。もともとは仕事仲間だったが、いつしか恋人

付き合いになっていた。仕事の出来る頭のよい男で、家庭も大切にしているとい

う。そんな妻子持ちなんてやめときなよと言っても、あんないい男はもう見つから

ないからと付き合い続けている。でも、将来はどうするつもりなのだろ。家庭と愛

人の両立なんてずるいと、私は思う。

 真知子は真知子で二人の家庭持ちを二股かけている。イケメンの祐介は一時

は離婚すると騒いだのだが、真知子に往されて元の鞘に落ち着いた。晃は身体

の弱い妻と半分別居状態で、残りの半分は真知子のマンションへ猫の世話をし

にやって来る。どっちなの、どうするつもり? 聞くと、雄介とはもうほとんど切れ

ている。晃はもうすぐ離婚すると言ってるし。その晃とも、去年は別れたと言って

たはずなのに。

 先月まで付き合っていたバツイチのいい加減さに呆れたと、未だに愚痴をこぼ

している和代は一人で居酒屋を切り盛りしているのだが、いちばん仲良しの采子

もまた宙ぶらりんだ。采子は五人のうちでただひとりの結婚経験者だが、その旦

那とは別居中だ。離婚を前提の別居だと言ってもう五年にもなる。詳しくは言って

くれないが、どうやら金銭問題が絡んでいるらしい。采子は美人なので、別居して

いる間に少なくとも三人の男と付き合ってきた。

「結局、不倫じゃないのはあなただけね、葉子」「ほんとう。葉子がいちばんしあわ

せ者だわね、私たちの中じゃ」

 言われた私は心の中でつぶやく。そうなるのかなぁ。でも、将生がほんとうはゲ

イだなんて言えないなぁ。それでも愛してくれてるっていうのも複雑だし。将生が

そうだとしたら、私もそういうことなのかしら。

 目の前で炎が五人の女の顔をオレンジに染めている。そのせいか、揺らいでい

るのはキャンドルの火なのか、それぞれの心なのか、わかりにくくしている。                                                                                                了


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