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第六百七十五話 死ぬ方法 [日常譚]

 居なくなりたい。死んでしまいたい。そう思うようになったのは、昨日今日

のことではない。

 娘と息子が独り立ちし、残された夫婦の間もいつからか覚めてしまっていた

のが、二人になってしまうと間もなくいっそう溝が深まったようなムードにな

り、話し合いの末離婚を前提に別居することになってからもう三年が過ぎた。

会社でも私の年齢からすると、定年退職まであと三年という段になって、まる

で職場の端っこに追いやられるような待遇になった。昨今の雇用形態というも

のは、年功序列が能力主義というものにとって代わられ、年を取ると役員以外

はまるでお荷物のような存在になり、重要な仕事はより若い世代に移管され

る。私はすでに役職定年という制度によって管理職を外され、一般職と同じ扱

いで仕事をしている。企業によっては五十代で定年退職して関連会社に出向

になるというもっと厳しいところもあるというから、まだましな方かもしれない。

 人というものは、何か目的があってこそ前向きに生きていくことができる。

子供の育成も、会社での目標も、あるいは個人的に楽しんで来た釣りやゴル

フなどの趣味でさえも、ひと通りのことを体験してしまい、もはやこれ以上の

ことをしても先には何もないとわかったとき、私は人生の糧を失い、生きてい

く目標を見失ってしまった。つまり、生存の理由がなくなった。

 積極的に死にたいわけではないが、かといって前向きに生きる気力が失せ

た。こうなると精神はくたびれ、なかば鬱病のような症状が現れる。何度も心

療内科の扉を開き、軽い抗鬱薬を飲んでみたが、一向に昔のような馬力が

湧いて来ない。当然だろう。人生の糧という根本的なものがないのだから。

 私は消滅したいと考えるようになった。存在しなくなってしまえば、この、

ゴミになってしまったような気持ちから解放される。苦しんでいる、というほ

どのものでもないかも知れないが、虚脱感は苦しみさえも感じさせないの

だと思う。何もする気になれない、何をしていても喜びがない、というのは

もはや死んでいるのと同じではないのか。

 仕事をしているときにインターネットで探し物をするように、どうすればい

いのかと検索してみた。「死ぬ方法」を。ところが案外ヒットしないものだ。

何らかの規制が掛かっているのか、あるいはブロガーたちが個人レベルで

自己規制しているのか。昔は自殺サイトなどがあったと聞いていたが。それ

でもいくつかは参考になる記事が見つかった。

 楽に自殺する方法。首吊り。これは紐さえあれば簡単に実施できるもっとも

ポピュラーな方法。窒息死するのかと思いきや、首の骨を折って死ぬそうだ。

死んだ後は首が伸び、すべての筋肉が弛緩されてしまうので、汚物を垂れ流す。

私は別居してから住んでいるワンルームの自室を見渡してみた。最近の家とい

うものには鴨居も梁もなく、ロープをつり下げる所がない。風呂場には洗濯

を干すバーがついているが、十キロまでの制限と書かれてある。それにウチに

はロープもない。梱包用のビニール紐くらいしかないが、それでは首に食い込

んで痛そうだ。

 リストカット。これもポピュラーな方法だが、たいていは未遂に終わってしまう

そうだ。よほど上手にしないと、案外死ねないのだという。まず、手首を切ると

いうことになかなか踏ん切りがつかない。上手く静脈を切断することが出来た

としても、死ぬ前に血が固まってしまう。だから、手首を切ったら、風呂場でぬ

るま湯につけたままにすべしとある。流血し続けなければならないからだ。血

液を失うにつれ、次第に意識がなくなって死ぬが、その前に発見されてしまう

から、未遂に終わる。私も試しにカッターの刃を手首に当ててみたが、とても

切れそうにない。何しろ痛そうだもの。

 クスリ。うまく入手出来ればこれほど楽な方法はないが、昨今では、睡眠薬

すら手に入らない。薬剤師だとか、どこかの薬剤研究者といった、特殊な立場

にいる人間でなければ、死んでしまうほどの劇薬は手に入らないのだ。そんな

ことあるまいと、家の中にあった誘眠剤や風邪薬をかき集めてみたが、クスリ

そのものが強くないうえに、そんなもの二十錠ほどあっても、とても死ねそう

な気がしなかった。

 その他にも、高いビルの上から飛び降り、線路の中に飛び込み、海に入水、

焼死、凍死、ガス中毒、感電...見ているうちに苦しくなってきた。いずれもそ

の方法と死に至までの経過、予測出来る結果がこと細かく書かれていて、読ん

でいるだけで私には出来そうもないと思えてきた。やはり消極的に死にたいと

いう程度では実現できそうにないということがわかった。

 そんな中で、誰でももっと楽に簡単に死ねるとして書かれている記事が目に

入ったが、それは、何も考えずに生き続ければ、そのうち嫌でも死んでしまう。

どんな人間でも生き続けることは出来ないとして、死ぬまで生きるという方法

が書かれていたのだが、嘗めるな、馬鹿にするなと言いたかった。老衰で死ぬ

まで生きることができそうなくらいなら、こんなに苦労はしないのだ。私はい

ますぐに死んでしまいたいのだ。

 私はいますぐに死ぬことにした。私は酔っぱらわない程度に少し酒を飲み、

ベッドに横たわった。静かに目を閉じて無心になった。この方法がいまの私に

できる最善で確実な方法だと気がついた。羊の数を数えることもなく、にわか

に意識が遠のいて、私は死んだ。

 翌朝、私は目を覚まして、生まれた。

 毎晩眠りにつく度に死に、毎朝目覚める度に生まれ変わる。そう言ったのは、

マハトマ・ガンジーだ。

                      了


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第六百七十四話 動画ひとつよろしく [妖精譚]

 暇さえあればパソコンの画面に食らいついている。最近の俊介は、どうやら

インターネットオタクと呼ばれても仕方のないような日々を送っているのだ。

インターネットで何をしているのかと言うと、実は何もしていない。ただただ

見ているのだ。俊介が虜になっているのは動画サイトだ。MeTubeという動画

サイトには、何かしら自らムービーカメラ撮影された動画が、毎日世界中か

らアップされている。それらはなんでもない日常が撮影されたような代物もあ

るが、とんでもないおもしろムービーが上がっていたりする。世界中の人々が

そういうものを見つけて見るから、視聴者数がとんでもなくふくれあがって、何

万、何十万というヒット数が示されていたりする。それを見た人々が、今度は

自分がそのような面白い動画をアップしてやろうと、もっと面白い動画を自分

で作ってアップする。こういう人々が世界には何千何万人もいて、動画数は

毎日どんどん増えていっているらしいのだ。

 俊介も一度はこのMeTubeに自分自身の動画を上げてみたいと思う。見

ていると、ほんとうにクオリティの高いパフォーマンスを見せる人はごく僅か

で、残りはカスみたいな動画ばかり。だが、そのカスみたいな動画の中に、

キラ星のように稀有な瞬間をとらえた奇跡の動画があったりするから面白

いのだ。俊介には何も特技がない。歌も楽器もダメだし、ダンスも体操も、

コントも漫才もできない。だからカメラで撮影して世界に向けて発信できる

ものなど何もない。だけど何か自己表現をしてMeTubeに乗せてみたい。

俊介は考えに考え続けた。何ができるだろう。ない頭を抱え続けてようや

く思いついたのが、とんでもないアイデアだったのだ。

 俊介は怪しいネット通販で、スパイ用の小型カメラを手に入れた。画質は

劣るが、案外安価で手に入った。タイピンのようなカタチをした小さなカメ

付きのムービーカメラだ。つまり、隠し撮り用。俊介は、自分では何もできな

いのであれば、他人の姿を動画で撮影すればいいのだということに気がつ

いた。俊介は馬鹿だから、他人の写真を無断撮影すると、肖像権やら何や

ら、人権にまつわる困った問題が発生するということにまでは思いが及ば

ない。そんなもの、仮にあったとしても、匿名で上げる動画に、なんの責任

も発生しないとタカをくくっている。

 それからというもの、パソコンの前にいないときには、このスパイカメラを

持ち歩いて、ことある毎にスイッチをオンにする。喫茶店で鼻をほじってい

るおじさん。電車の中で口を開けてお又を開いて居眠りしている女子高生、

酔っぱらって歌いながらふらふら歩いているサラリーマン、学校の授業で

イビキをかいているお馬鹿な大学生、セールに顔色を変えて群がる主婦

……よくよく回りを見渡せば、おかしな人々は結構いるのだ。俊介はこう

いう人々に目を光らせて、日夜カメラを動員するようになった。まだ、これ

といって面白い動画には出会えていないのだが。いまもカメラを片手に

町を徘徊している。昨日は、繁華街の店の前で殴り合いの喧嘩を撮影

できたのだが、これをアップしていいものかどうか迷っている。もっとイン

パクトのある、もっと面白いシーンを撮影して、世界中の人々に見てもら

うのだ。そういう一心で、今日も隠しカメラを構えている。いまもほら、あ

なたの近くで、俊介がカメラを潜めて回しているよ。

                             了


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第六百七十三話 つぶやき [空想譚]

 

あかねさす 紫野行き 標野行き
        野守は見ずや 君が袖振る
 

 おやおや流石、額田王さま。なんとも浪曼てぃっくなことをつぶやかれたも

のですなぁ。やはり教養がお有りの姫君にとって、こうしたひょいと浮かぶ言

の葉さえも芸術的なものになるのですね。

 まぁ、そんな。私なぞ教養なんて持ち合わせておらぬものですから、頭に

浮かぶ言の葉たちをこうして記しているに過ぎませんの。どうかお世辞ばか

り言って私を甘やかせないでくださいまし。

 いえいえそんな、世辞だなんて。本当のことを申し上げたまで。しかし、昨

今は、このようなお遊びにて心のよりどころとなるものが発明されて、佳き哉、

佳き哉。さりとて、この三十一文字という文字数の制限は、いかがなものでしょ

うかな? 私はもっと書きとうございますが。

 あら、これは異なことを。三十一文字にすべての宇宙を凝縮するからこそ、美

しき言葉の結晶が織り成されるのではありませぬか?

 なるほど、確かに確かに。そうかもしれませぬが、三十一文字とは、どなた

がお決めになられたのやら。噂によりますれば、これがしすてむというものに

よって規定されているのではないかとも聞いておりまするが。

 ほほう。しすてむとな。それはどういうことなのじゃ?

 私が聞いておりまするのは、月が大地を巡る日にちやら、あるは人の手にあ

る指の数やら、さまざまな天然の理において、我らが耳にしてもっとも美しき

律が五と七であり、その組み合わせに於きますれば五七五七七というものが、

最も心地よいという、宇宙のしすてむなるものが存在するという。

 それはそれは、なにやら難しいものでおわすのぅ。わらわはそんなしすてむ

なるものより、心の声を聞いて歌を詠みたいぞよ。

 ははぁ、誠に。それでは私の方からも姫君の歌へのお返しをさせていただき

ますぞ。 「ぽぺぴぽぷぺぽぽ…………と、よし、これで、ピッ!」

 紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば
        人妻ゆゑに われ恋ひめやも


 まぁ、大海人皇子さまも巧みなことでございますこと。私、惚れてまいますわ。
 

   ◆  ◆  ◆

 ふぅむ。かつては三十一文字で書かれたものが、後には百四十文字に増えた

と? ユーはそう考えておるのじゃな?

 プロフェッサー。そうです。これはひとえに電子端末技術の向上により、文字

数が増えたことによるのであると、私は確信しているのでございます。文字数が

増えたことによって、この歌詠みといいますか、つぶやき文学に参加する者の数

は爆発的に増えたのでありますが……。

 増えたのであるが? なんじゃな?

 数が増えるということは、有象無象が増えるということでして、美的クオリティ

はどんどん低下しているように見受けられます。まぁ、最も現存しているツィート

古文書かの推察にしか過ぎませんがね。結局、歌数にしましても、文字数にし

ましても、量と質といいますものは、常に相対するもので、やはりある程度精査

されたものこそ、つまりたとえば三十一文字に凝縮されたより古い過去の歌の

方が優れていたのではないかと、私はこう思っております。

 ふむふむ。よく考察したな。学生の中でもこの時代のつぶやき文学を研究し

ようなどというのは君くらいだからな。期待しているぞ、君の論文が出来上が

るのを。

 西暦一万年の彼方から見れば、四百年代も二千年代も、さほど年代の変わら

ない時代として比較研究の対象となるのである。

                                了


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第六百七十二話 馬鹿正直だけど返さん宣言 [可笑譚]

 こうして顔を付き合わせて話をするのはずいぶんぶりなので、野田はいささか

緊張気味だ。

「野田さん、いったいどう考えてるんですか? 近いうちという期限はとっくに

過ぎてますよ!」

 言われて野田はどう返そうかと考えていると、阿部はさらに追い討ちをかけ

てきた。

「もう、これ以上長引かせるのなら、嘘きと言われても仕方がないのではな

いですか? 野田さん」

 嘘きと言われて、野田は瞬間頭に血が上った。

「私は、子供の頃、成績の下がった通知表を家に持って帰ったとき、親父に頭

を撫でられました! なぜそうなったかというと、通知表の生活態度のところに

は、馬鹿がつくほど正直だと書かれてたからなんです!」

「ほぉ? それで?」

「それでって……嘘つきなんていうから!」

「だから、そんなことより、いったいいつ返してくれるんですか、五百円!」

「今、ちょっと、その……今月の十六日までには返さん!」

「返さんって、エラそうに。なんなんですか? じゃぁいつです?」

「ええーっと……ええーっとその」

「あんたはねぇ、結婚するからといって私からご祝儀まで受け取ったんですよ。

なのに未だに独り者じゃぁないですか! あのご祝儀も、返してくださいよ!」

「……ご祝儀……祝儀は返さん!」

「祝儀は返さんって、あんた」

「だって、ほんとうに、もうすぐ結婚するから。それに、祝儀なんてお茶引くと、

ロクなことにならないし……」

「祝儀は返さん、五百円も返さん、どうしてくれるんだ! この嘘き!」

「だからぁ、親父が私の馬鹿正直という評価に喜んでくれたくらい……」

 そこにパチンコから帰ってって来た親父が口をはさんだ

「馬鹿、あれはな、あの通知表には、この子は褒めて育てろって、こう書いて

たからだっ、馬鹿! 借りたもんは早く返せ!」

 大の大人が子供の頃の通知表のことを引き合いに出すというのも、いかが

なものかとは思われるのである。

                                    了


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第六百七十一話 惑星二ビル [空想譚]

 その名前を耳にしたのは、もう随分以前になる。テレビ番組で特集されてい

たのだが、太陽系には、水金地火木土天海冥という九つの内惑星の外側に、

もう一つ謎の惑星が存在するらしいという話だった。しかも、その十個目の惑

星は、九つの惑星が好転するような通常の起動ではなく、並外れた楕円形を

描いて太陽の周りを三千六百年周期で回っているという。そして、その惑星が

今年から来年にかけて太陽系の中心に戻ってきているというのだ。ただ戻って

くるだけならいいのだが、その起動を予測すると、地球めがけて、つまり接触

もしくは衝突する可能性を大いに秘めた状態で接近しているという。

 このような話は三十年前の1982年から噂されており、多くの科学者が謎の

解明に取り組んできたという。そしてなによりも恐怖を感じるのは、それらが公

式には発表されておらず、逆に公表しようとした科学者たちが相次いで頓死し

てしまっているという事実だ。なぜだかわからない。しかし、考えられるのは、

誰かが惑星の真実を隠蔽しようとしているのではないかという疑いだ。

 日本でも、私が見た番組などで紹介されていて、全国に恐怖を示したにも

かかわらず、その後、誰もこのことに触れようとしないし、第十惑星の恐怖は、

現在どこにも流布されていない。僅かにネット上で残存アーカイブとして残さ

れているだけだ。いったい、これはどういうことなのだろう。なぜ、隠蔽されな

ければならないのだろう。

 番組では2012年末には惑星が到着するようなことを行っていたのだが、

webで見つけた記事によると、2013年の二月末頃だという。どちらにしても

今からだともう三ヶ月あまりしかないわけだ。惑星が地球に衝突あるいは接

触した場合ですら、地球上の生命は概ね死滅してしまうだろう。僅かに地中

深く潜り込むことができたほんのひとにぎりの人類だけが、かろうじて生き延

びることができるかもしれない。つまり、いまこの時点で地下避難所を用意で

きていない私たちは、もれなく死滅してしまうしかないということになる。

 そんな人民に、真実が伝えられたとしたら? 予測されるのはパニック

ただただ無意味に生命を乞い、世の最後を儚み、自暴自棄になって争い

を始めてしまう、そんな無力な人類が生まれるだけなのだ。だから世界中

の高官たちは情報を隠蔽しているのだ。日本の政治家たちが未来の日本

に対して無気力なのも、実はそのせいかもしれない。

 私はいま、このメディアを使って、読者のみなさんにこの事実をはっきりと

告示しようと思う。惑星の名前は二ビル。11月も終盤になった今、空を見上

げればそこに……ん、誰? 誰だ、そこにいるのは? 私に、私に何を……

…………………………………………………………………………

                               了 


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第六百七十話 逃避行 [空想譚]

 人間には、生命の危機に陥ったときに、精神の力によって瞬間移動(Jaunte)

ができる能力があるという設定。(SF小説家Alfred Bester)

なんだって? 小型爆弾を仕掛けた? いつの間に?」

 「ふっふっふ。お前を眠らせている間に、すべて綿密に行ったことだ。もうこ

れで、お前もこの秘密基地もろともオサラバだ」

「は、博士! あんたはスパイだったのか!」

「馬鹿なことをいうな。私はスパイなんかじゃない。私自身がお前が戦っている相手だったのだ」

「あ、あんたが黒幕だったのか! く、くそう!」

「私は、お前が持っている特殊能力、その危機の時に瞬間移動できるという

その力が欲しかったんだよ。おかげでな、大脳のある部位を改良することで

可能になるということがわかったよ」

「な、なんだって! そうかっ。俺をパワーアップしてやると言って眠らせてお

いて、その間に俺をモルモットにしていたんだな!」

「まぁ、そういうことだな」

「く、くそう!」

「そして、これが最後のテストだ。さぁ、ジョウントの力を使って、この危機 から逃げてみるんだな」

「うぅむぅ……ぐぐっ」

 危機に際して瞬間移動するためには、並々ならぬ精神力が要求される。ただ

通に念じただけでは、そう簡単にはジョウントできない。しかし、本当に生命

の危機が訪れたその瞬間、火事場の馬鹿力とでもいうのだろう か、急激に精

神が高まって、気がつけば瞬間移動しているのだ。少なく とも今まではそうだ

った。ジョウントに関して充分に熟練した俺ですら、そう容易にコントロール

きるものではないのだ。

「ふっふっふ、さぁ、飛んでみるがいい。私はひとまずこの場から退散する」

 博士が去った後で、その時刻が迫ってきた。あと十秒、あと五秒……

「ふんむっ! ぬぬぅうぅぅぅぅぅぅ!」

 小型爆弾が炸裂する刹那、俺は今回も飛んだ。未知なる場所へ逃げ延びたと

思った。だが、何かがおかしい。体中の血流が静止しているのがわかった。……

しまった。どうやら小型爆弾は一年前に博士によって開発された俺の人造心臓

に取り付けられていたようだ……ぐふっ……。

 すでに数万キロ離れたところにあるはずの基地は爆発によって跡形もなく姿を

消していた。そこに取り残された機械仕掛けの心臓と共に。

                           了


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第六百六十九話 歌うたいの失恋 [文学譚]

 僕は歌のお兄さんだ。そう、子供向けの番組なんかで、お姉さんと一緒に歌

ったり踊ったりしているあれ。なんでこの仕事をするようになったかというと、そ

れは、やりたかったから。歌のお兄さんをステップにして、歌手になるんでしょ?

とか言われるけれど、そういう風には考えていない。とにかく歌って踊るのが好

きから、こうやって身体を使いながら、歌いたいんだ。そう、ミュージカルなんか

やりたいと思っている。もちろん、子供も大好きだし。

 おかげさまで子供たちには大人気で、お母さんたちにも、イケメンお兄さんな

んて呼ばれて可愛がってもらっているよ。自分ではイケメンかどうかわからない

んだけれども。だって、こう見えて、モテないんですよ。なんでかな。昨日だって

たったひとりのガールフレンドに振られてしまった。ほんとうに久しぶりに出会い

があって、三ヶ月ほど付き合ったんだけれども、突然、ほかに好きな人ができた

なんていうんだね。僕に否があるわけじゃないらしい。実際、僕は嫌われるよう

なことはしていないし。最近の女性は、軽いのかな? すぐに目移りして、恋心

が変わってしまうのかな?

 そんなわけで、昨夜から僕は最低な気分なんだ。もう、最悪。落ち込む~!

ほんとはもう何もしたくないんだ。部屋にこもって……一週間くらい……ベッドの

中で泣いて暮らしたいくらい。だって、僕は今でも彼女のことが好きなんだもの。

どうして、なんでこうなるんだろう。僕には女性を見る目がないのかな? ほんと、

最悪! もう、ほっといてくれないか。思い出したら急にまた凹んできたよ。はぁ~

っ。もう、死んでしまいたい……ああーっ……。

 え? 出番? はじまるの? わかった。

「さぁー、みんな元気かぁい! 今日もはじめるよお! さぁ、いち、にぃ、さんっ!」

 ♫(音楽はじまる)

                               了


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第六百六十八話 賢一郎インタビュー [日常譚]

 あたしの名前は、賢一郎。ううん、男じゃないわ、女の子よ、れっきとした。

ウチのパパがね、あたしが生まれたときにほんとうは男の子が欲しいって思っ

てたんだって。絶対男の子が生まれるって信じてたからさ、もう名前は賢一郎

って決めてたんだって! でもあたしが生まれてきたもんだから、それでもい

いやって、女のあたしに賢一郎って名前をつけたんだって。

 あたしはね、そりゃぁもう、小さい頃から賢一郎、賢ちゃんって呼ばれてき

たから、何も不思議に思わなかったわ。だけどさ、小学校に行くようになって、

先生が出席簿見ながら「山田賢一郎くん」なんて呼ばれるようになって、それで

回りのお友達がくすくす笑うからなんだかおかしいなって思うようになった。

いじめられたんじゃぁないかって? ううん、とんでもない。あたし、賢一郎

って名前のせいかどうかわからないけれど、結構男勝りでさ、その頃から空手

道場とかいかされてたし、腕には自信があったから、クラスの男の子もあたし

には一目置いてたわ。それにね、あたしと同じような子が他にもいたの。

 誓太郎って言うんだけど、この子のパパも、やっぱり男の子を欲しがってい

たんだって。うん、誓太郎もれっきとした女の子よ。だけど、誓太郎はあたし

と違って気が弱くって、泣き虫で。だからいじめられないように、いつもあた

しが守ってあげてた。だからとっても仲良しよ。あたしと誓太郎は、仲が良過

ぎて、小学校を卒業する頃には「賢一郎&誓太郎兄弟」だなんて漫才コンビみ

たいに呼ばれてたわ。

 中学生になってからは、出席とるのに下の名前を呼ばれなくなったから、少

しほっとした。そりゃぁ、あたしは慣れてるといっても、初めて賢一郎って名

前を聞いた人はさ、やっぱり混乱するみたいだし。うん、誓太郎も同じ。中学

も高校も一緒だったわ。

 高校に入ってから、同じ暮らすの男の子と付き合うようになったわ。彼の名

前は夢子っていうの。ほんとうは夢子って書いて「ユメシ」って読むらしいん

だけど、面倒くさいからユメコって呼んでた。それに、ユメコって身体も華奢

で、顔もかわいらしくて、女の子みたいだったし。そう、彼のところの親は、

ほんとうは女の子が欲しかったのね。それで、名前だけじゃなくって、お洋服

玩具なんかも、女の子のものを与えて、女の子みたいにして育てられたんだ

って嘆いてたわ。本人も高校生になるまで、ずーっと自分は女の子だと思って

たって。だからやっぱりなよなよしてるわよ。あたしのほうがずっと男の子っ

ぽいかも。でも、ユメコの可愛いところがあたしは好き。ユメコだってあたし

のことを頼ってくれてるみたいだし。

 ああ、そうだ。名前の話だったわね。変わった名前はあたしたちだけじゃな

いわよ。あたしたちの時代は、みんなちょっと変わった珍しい名前の子が多い

の。そうだ、今度紹介するわ。ええーっと、ラブでしょ、ラブホでしょ、それ

から遊女と書いてユメって読む子、右翼と書いてライトと言う男の子、あと、

ジェダイとダースベイ太と、スリーピ生、陸海空っていう感じの子もいたわね。

これ、なんて読むかわかる?陸海空って……うふふ、今度教えてあげる。あな

たは? ン? マルちゃん? 東洋水産のマルちゃんっていうのね、じゃ、ま

た今度ここで会えたらね!

さよなら!

                      了


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第六百六十七話 賢一郎 [日常譚]

 学校で先生があたしの名前を呼ぶ。もうみんな慣れちゃったみたいだけど、

入学してすぐの頃は、先生が出席を取るときに、下の名前まで呼ぶので、あた

しが元気よく「はいっ」って返事をすると、みんなきょときょとしてあたしを

見て、それからクスクスって笑い出してた。

「山田賢一郎くん」

 あたしは「はいっ」って元気よく立ち上がる。女の子はみんな「ちゃん」っ

て呼ばれているのに、なんであたしは「くん」なの? と思いながら。先生も

なんだか不思議そうな顔をしてたっけ。

 最初、あたしはなんで笑われるのかわからなかったけれど、小学校でいろい

勉強しているうちに、なんとなく理由がわかってきた。賢一郎って、男の子

っぽい名前だったのだ。あたしは小さい頃から賢一郎、賢ちゃんって呼ばれて

きたから、そんなことはちっとも知らなかった。どうしてパパやママがあたし

にそんな名前をつけたのかなんて知らないし。

 学校が終わると、家の近い子供たちはみんな一緒になってグループで帰る。

ひとりで帰るのは危なかったりするからだ。あたしたちのグループは、一年生

から六年生まで、九人がいつも一緒だ。その中でもあたしの仲良しさんは、乱

歩(ラブ)ちゃんと愛保(ラブホ)ちゃん。ふたりとも「ラブ」って名前なの

で、ラブちゃんって呼ぶと混乱する。だからラブちゃん、ラブホちゃんってき

ちんと名前で呼んでいる。

「ねぇ、ラブちゃん、今日はラブホんちで遊ぼうよぅ」

 すると、横で聞いていた右翼が口をはさんでくる。

「おめえら、ちゃんと親に言ってから遊べよ!」

 なによ、偉そうに。あ、二年生のこの子は、右翼って書いてライトって読ま

せているんだって。さらに横からは、心太(しんた)が「ぼくもラブホ、いき

タァイ!」と割り込んで来る。八百屋をやっているラブホんちには、心太の大

好物であるところてんが置いているから、何かというと心太は遊びに行きたが

るんだ。

「あれえ!心太おめえ、オレと遊ぶんじゃなかったっけ? 裏切るのなら、も

う遊んでやんねえぞ!」

 心太に怒鳴ったのは五年生の慈代(ジェダイ)だ。慈代と心太、そして陸海

空(よあけ)は同じ五年生同士で、よく宇宙剣ごっこをして遊んでいる。なん

とかソードっていう光る刀の玩具で闘うらしい。だけど、陸海空には妹の愛人

ラビット)がいて、その面倒を見てやらなければならないから、結局、闘い

続けるのは慈代と心太ということになる。だから、慈代にとって、心太に抜け

られては困るのだ。

「いや、でも、今日はちょっと、ラブホで心太(ところてん)が……」

「なんだよぅ、てめえ!」

「ねぇ、遊女、今日は陸海空たちと一緒に遊んで、愛人の面倒見てやってよぅ」

 遊女というのは、このグループの最年長である六年生の女の子だ。遊女と書い

て「ユメ」と呼ぶ。グループのリーダーであるという自覚があるから、小さな子

たちが困っていると、いつも助けてやらなければならなくなる。

「もう! いつもわたしに無理言ってくるんだから! わたしだって他のクラス

の友達と用事があるのに!」

 まだ一年生の愛人が甘えて遊女に寄りかかる。遊女は、仕方ないわねという顔

をして愛人の手を握る。陸海空は、ほっとした顔で慈代に目配せをしてから、心

太に耳打ちをする。

「心太、おまえ、さっさとラブホんとこ行って、心太を食っちまったら、すぐに

空き地に来いよ。待ってるから」

 心太はわかったという顔をする。

「ねぇ、いいの、ラブホ? 心太くんも行くってよ」

「いいよー。賢一郎は心太に来て欲しいんでしょ? ほんとは心太のこと、好

きなんでしょ?」

 あたしたち子供の名前は、ほんとうにややこしい。親は何を考えてそんな名

前を付けたのだか。世間では私たちみたいな名前をDQNネームだなんて言って

るって噂だけれど、ほんとうなのかしら。

                      了


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第六百六十六話 666は…… [怪奇譚]

 いつかこの日が来ると恐れていた。数字を入れている以上、いつか訪れてし

まうのは必至であるとはわかっていたのに。

 ついこの間は十一月十一日ということで、ポッキーの日やら、もやしの日や

ら、洋数字にかこつけた賑わいがあったようだが、そういうのなら可愛いもの

だ。だが、この三つの数字は、そんなに可愛いものではない。

 666といえばすぐに「獣の数字」という連想をする人は、いまでは随分多

いと聞く。あの恐怖映画オーメンのおかげだ。オーメンでは、身体のどこかに

666という数字が痣のように刻まれた子供がいるという設定で、獣の数字が

刻まれたダミアンが悪魔の申し子であるとわかる。だが、もともとこの三つの

数字は、 新約聖書の「ヨハネの黙示録」の「第13章第18節」に記されていて、

曰く「思慮のある者は獣の数字を解くがよい。それは人間の名を指す数字であ

る。その数字とは666である」となっている。そして、恐ろしい事に、現実

に彼のアドルフ・ヒトラーも、暴君ネロも、その名前を解釈していくと、この

悪魔の数字を含んでいるのだという。つまり、人間の中にこそ、恐ろしきもの

が潜んでいるということなのだろう。

 さて、私はというと、もしやこの悪魔の数字が身体のどこかに刻み込まれて

いるのではないだろうかと恐れた。だが、体中どこを探しても、そんな数字は

見当たらない。頭を五分刈りにしてまで探索したが、ついぞ悪魔の数字は発見

できなかった。そのために油断してしまったのかも知れない。まさかいま、こ

の期におよびこんな恐ろしいことが起きようとは。

 私は十二分に考えた、考え尽くした挙げ句、ようやく決心をして最後の手を

打った。まさか、この手が思いがけない悪魔を呼び出すことになろうとは思い

もしなかったからだ。私の手からそれが離れたその直後、誰かが叫んだ。

「ローン! 大三元、四暗刻単騎、どらどら!」

 あちゃぁ!

                         了


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