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第六百十四話 泳ぎ上手になれない [脳内譚]

 温水プールに顔をつけると不思議な感じだ。これは銭湯ではないとわかって

いるのに、なんだか町外れの健康ランドの大浴場に浸かっているような安らぎ

を感じる。ぬるま湯に浸かっている感じとはまさにこういうことをいうのだろう。

平日はプールの中にいる人間も少なく、その僅かなスイマーから出された声や

水しぶきの音が室内プールの壁に反射して一種独特の雰囲気が出来上がって

いる。

 水野澄子は最近ダレてきている身体をなんとかしなくちゃと思ってこのスポー

ツクラブに週一で通いはじめたのだが、フィットネスとかヨガとかいうものよりも、

全身運動である水泳が身体にいいと聞くし、何より楽そうだからプールに入るよ

うになってまだ三回めだ。時間帯によってはインストラクターに指導してもらうこ

ともできるので、この際ちゃんとした泳ぎをマスターしようと思っていた。

 「水野さん、息継ぎがちゃんとできるようになれば、もっと泳げますよ」

 インストラクターに言われるまでもなく、そうだと思っているのだが、どうしても

呼吸ができない。子供の頃はもう少しちゃんと泳いでいたように思う。平泳ぎか

犬かきで、顔を水面に上げたままで五十メートルは泳げていたよな気がする。

ところがいまは、体力の問題もあるうのかもしれないが、十メートルおきに水底

に足をついて立ち上がってしまう。顔を上げて游げないし、そうなると息が苦し

のだ。手で水をかくときに反動で頭を上げればいいのだとわかっているがで

きない。だから顔を水に浸けたままで水をかいて前に進み、息が切れると立ち

上がる。どういうわけか息を止めるのは得意な方だが、水の中では恐怖心も

手伝って、二十秒も息が続かない。

「大丈夫ですよ、そのうち水に慣れてきたら、息継ぎも自然にできるようになり

ますから。人間は泳げるようにできているんですよ」

 インストラクターはそう言って励ましてくれるが、どうもそのような気がしない。

私は泳ぐのが下手なのだ。澄子はそう思いながらもう一度水中に顔を付けて

足で水底を蹴った。

 泳ぐのが下手。本当にそのとおり。プールの中で泳ぐことはもちろん、この世

の中を泳ぐことがいちばん苦手。よくぞみんな上手に世の中を泳ぎ回っている

とか。だけど、息を止めるのだけは得意なんだけどなぁ。それでは世の中は

おろか、プールの中も泳ぎいれないなぁ。

 プールで泳ぐのはいつも金曜日の就業後。週末をゆっくり過ごして日曜日の

夜になると、どっと疲れが訪れる。疲れがというのは正確ではない。精神的な

疲れ、明日からまた会社だという憂鬱感が訪れるのだ。学校を出てからもう十

数年間、生活のために、お給料のために会社に通ってはいるが、年を重ねる

度に会社に勤めるということが重荷になっていく。働くのがいやなわけじゃない。

何とは言えないが、会社というものが嫌いなのだ。他の会社ならそうでもない

のかもしれないが、それは経験がないからわからない。たぶん、会社を変わっ

ても同じなのだろうなと思う。会社組織の大きな歯車の中で、何かよくわからな

い業務を行うことに不毛さを感じるのだ。農作物を育てるとか、漁をして魚を捕

るとか、そういう仕事ならわかりやすくていいのに、澄子は昔からそんな風に考

える人間なんだ。

 月曜の朝。よく眠ったのにもかかわらず、目の下に隈ができているような顔を

鏡の中に見ながら澄子は思う。ああ、また一週間、私は息を止めて会社で過ご

す。息を止めていると、余計なことは考えないで済むし、それなりに過ごすこと

ができる。週末のプールに行くまで、息を止めて過ごすんだ。玄関先で数回、

呼吸をした後、澄子はバッグを肩にかけて廊下へと踏み出した。

                              了

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第六百十三話 ホーム [日常譚]

 半袖シャツからむき出しになった腕を撫でる風で目を覚ました。ううっ、さ

ぶっ。つい数日前までは額に滲み出る汗に目を覚ましていたのに、なんな

のだ、この急激な気候の変化は。まだ六時前だが、すでに周りは明るくなっ

ている。九月だとこんなものか。これから次第に日の出は遅くなっていくこと

だろう。日の出が遅くなると、当然朝の気温も下がって、ますます寒くなって

いくだろう。オレは寒いのが苦手だ。起きがけに寒いってだけで、毛布の中

から這い出るのが嫌になる。その分、夏はいい。よほど高地にでも行かな

い限り、夜中に寒いなんてことはないし、毛布に潜り込むなんてこともない。

第一、毛布など必要ないのだ。何もなしで道路でだって眠れるぞ、オレは。

 だから夏は早朝から目覚めて、仕事をはじめることができる。だが、秋か

ら冬に向かって気温が下がると、目は覚めていても動き出すのがいやだか

ら、いきおい仕事にも行かなくなってしまう。仕事をしないと一銭にもならな

いから、飯が食えなくなってしまう。そうなんだ、オレに限らず、みんな同じ

なんじゃないかな。冬になると寒さに体温を奪われて体調を崩すということ

もあるだろうが、そもそも起き出さなくなって仕事をしなくなってしまうから、

金がなくなって、飯が食えなくなって、それで栄養不足、カロリー不足にな

ってしまうから、体力がなくなって体調を崩すのではないか。少なくとも、

オレにはそういう不安があるな。

 そういうわけで、夏の間はそこいら中どこで寝ててもよかったのだけれども

これからはそうもいくまい。そうそう、広い場所はだめだ。広いと熱が拡散して

しまうし、そうじゃなくても気分的に寒々しい。犬や猫が狭いところに潜り込ん

で眠るのもよくわかる。人間だって同じだと思う。毛布の中で縮こまるのも、同

じことだわな。狭い小さい空間にいれば、体温が拡散することもないし、自分

自身の息がまたヒーターになるってものだ。こういう工夫こそが生き残りの知

恵ってもんだ。身体が寒さに気づく前に、ちゃんとこの賢い頭で予測すべきだ

った。危ない危ない。

 オレはすぐに毛布から這い出して、移動の準備をした。こんなことは早い方

がいいいのだ。いい場所は早くなくなってしまう。みんなよく知っているのだ。

身を守る場所、安全な場所を。足元に広げたままであった数少ない荷物を

まとめ、準備を整えたオレは、よし! と気合を入れて一歩踏み出す。荷物

は多くはないし、大したものでもないのだが、それだってオレにとっては大事

な財産だ。去年のあの公園を目指そう。そう決めてオレは歩き出した。ガタ

ガタいいながら転がるリアカーを引いて。

                                了

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第六百十二話 実験小説 [文学譚]

 実験小説 自室に閉じこもったまま、じーっと爪を眺めていた。爪を見ることに意味は

ない。何もしないでいるというのが難しかったので、なんとなく目の間に見え

ている自分の手を見つけ、そのままぼんやりと爪を眺めていた。

 小泉文子は最近になって小説を書くようになった。そんな心得があったわ

けではないが、三十五歳を過ぎたことをきっかけに、仕事以外に何か意味

のあることをしてみたいと思い、そういえば学生の頃には小説家を夢見て

いたことを思い出したのだ。きっかけはもうひとつあった。二年前の映画だ。

それはSF小説家眉村卓の自伝的物語で、文子はこの映画を見てはじめて

眉村卓という小説家が病気の妻のために毎日短編小説を一篇書いていた

ことを知った。毎日一篇書く、それは大変なことなのだろうが、なんだかでき

そうな気がした。眉村の物語は、妻が亡くなる日まで千七百七十八話が綴

られたのだが、ということはおおかた五年間続けられたわけだが、文子には

五年は長すぎるように思った。だからとりあえず二年ほどやってみようと決

意し、目標をアラビアンナイトにちなんで千一話まで続けることにしたのだ。

 眉村の物語にはもうひとつ制約が設けられていた。それは、決してエッセ

イにはしない、というものだ。毎日書くものは、エッセイではなく小説にする。

エッセイも小説も書いたことのない文子にとって、その違いは良くは分かっ

ていなかったが、とりあえず眉村のルールはそのまま真似ることにした。エ

ッセイとは随筆のこと? とにかく事実の記述ではなく、物語を考えればい

いのだろうと思っていた。

 実際、毎日千文字程度の短編、もしくは超短編を書き出した頃は、以外な

ほどにスラスラと書けた。百話、二百話くらいまでは、なんとなく続けていく

ことができたのだ。そして三百話を超える頃には欲が出て来て、もう少し長

いのを書いてみたいと思い、連続モノを挟んでみたり、ついには千一話と

は別に、百枚~二百枚くらいの中編小説を書いてみた。驚いたことに、こ

れも不思議なくらいに短期間で書き上げることができ、三ヶ月の間に六篇

の中編小説を書き上げることができたのだ。

 自分で書いたものというのは、小説家でもない限り、誰かの目にふれる

ことなど滅多にない。自分のためにかいているのだから、それでいいのだ

が、実際には、やはり誰かに読んで評価してもらいたいという気持ちにもな

るものだ。書きっぱなしではハリがないのだ。文子は家族や友人に頼んで

読んでもらったりもしたのだが、だいたいは面白いんじゃないとか、よかった

とかの反応しかなく、自分が書いているものがどうなのか、客観的に評価

する術にはならなかった。だから文子はとにかく自分で決めた千一話とい

う目標を達成することだけを考えるようにして続けた。

 ところが、ある日を境に、書けなくなってしまった。ある日というのは、短

とは別に書いた中編の六つ目を書き上げた後だ。書きたいことがないわけ

ではない。書く能力を失ったわけではない。何かが違うことに気がついたの

だ。その何かがどういうものなのかは、未だもって明確にはわからないのだ

が、どうも自分が書いているものは、エッセイなのではないか、あるいは観

念なのではないかと気がついたのだ。それでも面白ければいいのだが、つ

まらない。誰かに読んでもらって、そんな指摘を受けることができれば、何を

どうすればいいのかが見えてくるのだろうが、自分でも読み返すことをしない

文子は、書きながらすでに面白くないのではないかと思って書いているのだ。

 小説には、特にこうあらねばならないというきまりみたいなものはないと思う。

もちろん、作法としてはこうした方がよいという流儀のようなものは多々あるよ

うなのだが、書いている本人がこれは小説だと主張すれば、それは小説なの

ではないかと文子は思う。ただ、問題になるのは、読み手がそれを面白いと

思うか。読み手が小説として認めるかどうか。そこにはルールというものが生

まれることになる。次々と新たな物語が紡がれていくとか、読者を引き込んで

全く未知な疑似体験をさせるとか、そういうものが読物として好まれるものに

違いない。だとすると、文子が書いているものは、そういったものからはほど

遠いかもしれない。自分の頭の中に沈殿している考えをもとに、登場人物が

文子に代わって延々とその考えをつぶやいている。そんなスタイルの話が多

いと思う。読者を惹き付けるには、登場人物はいろいろ動き回るべきだ。考え

たり語ったりするだけでなく、登場人物が様々な体験を披露してこその物語、

それこそが読者に好まれる小説なのだ。

 文子はそこまで考えて思った。本当にそうなのかしら? 登場人物が動き

回る話? そう気づいてから、そのような物語を書こうと努力はしてみた。だ

が、そんな風には書けないのだ。もともと行動的ではない文子はあまり世間

を知らない。知らない世間のことは書けない。書けないような世間を舞台に

登場人物を動かすことなんて不可能だ。だったら、本当にそうか実験してみよ

う。登場人物が全く動かない物語を書いてみよう。いや、今までだってそうだっ

たかもしれない。だが、それは意識していなかった。今回は、登場人物は動か

ない。部屋から出ない。部屋の中で、立ちさえしない。何もしない。それで面白

い小説になるだろうか。書いてみるしかない。

 そして文子は部屋にじーっと座っているのだ。昼間、明るいリビングのソファ

上。秋らしい気候になったので、長袖のスゥエットという部屋着のまま。呆然と腰

を下ろしている。テレビはつけていない。音楽も流していない。ただここにいるだ

け。飼い猫が足元に擦り寄ってきて一声ミャアといってどこかへ消えていく。文子

は彼を目で追うだけで、追いかけない。ここを動いてはいけない、何もしない。

 五分もジィーっとしていると、なんだか辛くなってきて気持ちがざらついてきた。

まだ動いてはダメ? やることなく目の前に見えている自分の手を見る。その先

にある爪を見る。爪は少し伸びていて、最近手入れをしていないおかげで、少し

みすぼらしくなっている。これはいけないなぁ。磨かなきゃぁ。爪が伸びているだ

けで詩を書いて歌ってた人がいたなぁ。井上なんとかっているソングライター

詩ならそれだけでも作品になるのだ。だが小説は・・・・・・。眺めている爪が、急

に伸びだしたらSF小説になるだろうし、突然爪が溶け出したりしたらホラー小説

にはなるのかもしれないが、実際にはそんな意外なことは起こらない。ただただ

みすぼらしい爪があるだけだ。左手で右手を包んでみる。ああ、いけないいけな

い。これだって何かをしていることになる。何もしない、動かない小説なんだった。

これでは面白い訳がない。面白い物語が紡がれるはずもない。そうわかっている

のになんで、こんなことを続けるのだ? こんな話を書く意味があるの? 

 そう考えたとき、ぷっつりという音さえせずに、何もかもがなくなった。文子の周り

は真っ白になった。文子の周りが真っ白になったのではなく、文子自身も消えてし

まったのだが、一瞬気がつかなかった。とにかく、諦めたのだ。どうやら、これを書

いている作者が、この不毛な試みを放棄してしまったようなのだ。

 小泉文子も、小泉文子が存在していた世界も、すべてが一瞬にして姿を消した。

                                  了

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第六百十一話 不治 [文学譚]

 何にだって終わりがある。始まりがあれば終わりがあり、出会いがあれば別

れがある。だが、始まりも終わりも、いつ来るのかがわからないところが人生で

あり、また恐ろしいことでもある。

 私は生まれてこの方、風邪もほとんど引いたことがなく、まして大きな病気

怪我も経験がない。無病息災とはまさに自分のためにある言葉だと思って生

きてきた。病院はおろか、薬さえ飲んだことがない。そういったものに縁がない

まま過ごしてくることができたのだ。何故そうなのかと問われても、私には答え

る術がない。わからないのだ。たまたま丈夫に生まれついたということなのか、

正しい食生活を続けてきたからなのか、あるいは、四十歳になる今まで、規則

正しい生活をしてきたからなのか。このままでは百歳まで生きてしまいそうだと

いうほどの健康体というのも、嬉しいような、いささか残念なような気がするのだ。

 健康体であって残念というのは、顰蹙を買いそうな言い草だが、実際、たまに

は病気になってみたい、などというないものねだりな感情が生まれるのだ。子供

の頃に、ちょっと咳が出て病院に連れて行かれたときに、心のどこかで「わぁい、

風邪ひいたから、明日は学校お休み!」などと勝手に思っていたら、診察しても

らった医師に、ははぁん、これはスナック菓子の食べ過ぎで、喉がカサカサにな

っているからですねえ。なんともありませんよ、などと言われてなぁんだ病気じゃ

ないんだって、がっくりして帰ったこともあるのだが、大人になってもどこか病院

に憧れるというか、たまには病人になってみたいと思ったりするものなのだ。

 ところが、その健康体の私が、最近少し調子が悪いのだ。最近と言ったが、本

当のところは数年前から兆しはあった。身体がなんだかだるい。あんなに好きだ

ったカラオケや映画に行く気がしない。不況と共に暇になってしまった仕事にも

身が入らない。会社に行きたくない。一日中ぼぉーっとしている。だからといって

熱が出ているわけでも、咳が出るわけでも、どこかが痛かったり苦しかったりす

るわけでもない。ただ、なんだか心が苦しい。

 産業医に促されて心療内科に行ってみた。すると、さも不思議でもなんでもな

いという感じで、カウンセリングを受けてみなさいと医師に言われ、何度かその

通りにしてみたが、カウンセラーというものは、私がいうことをニコニコしながら

聞くばかりで、たまには相槌やツッコミを入れてくるものの、私にとってはなん

の救いにもならなかった。軽鬱症状。もしくは気分変調症。パソコンで調べて

勝手にそのような病名を考えてみたが、これは医師から言われたものではな

い。でもたぶん、そんなことなのだ。健康優良人間の私が、四十を過ぎて、よ

うやく病気めいたものを得ることができた。

 でも本当はそんな病気ではないことを、私は薄々知っている。小学生になっ

た時に思った。小学校に入って、勉強して、それが何になるのだと。中学時代

には高校受験や大学受験を見据えながら、この先二回も受験をして進学して、

社会に出て、それでどうなるというのかと。大人になるとはどういうことなのか?

そもそも自分は何のために生まれてきたのか、何故ここにいるのか? 自分は

この世の中で何か意味のある存在なのか? 後に、レゾン・デトールという哲学

の根底にある考え方を知り、実存という文学の根底に流れる思想を知るにあた

って、これこそが人間の謎なのだと知った。しかし、そんなものはいくら考えても

答えのあるものではなく、それ以上突っ込んで考えることなく、つまり私は哲学

にも文学にも走らずに、健康体のまま大人になったのだが・・・・・・。

 今、この年になって実存にはまってしまった。四十も過ぎると、もはや人生の

半ばを過ぎていると考えるべきだろう。四十年という歳月で、自分が成し遂げ

たこと、世の中に残した成果、自分が生きているという足跡を歴史に残せた

のかという思い。どれをとっても無であることを自覚したときに、私は実存とい

う病に罹った。私の脳の中に生来的に仕込まれた思想であり、また生を謳歌

するためには乗り越えなければならない実存という遺伝子病。これは不治の

病と言える。発症させることなく、一生を終えることのできる幸福な人間がほと

んどなのだが、中には若くして発症して自らの命を絶ってしまう者もいた。私の

ように中途半端な年齢で発症し、中途半端なまま闘病する者は、さほど多くは

ないだろう。しかも私の場合、身体だけは頑丈にできているというのは、一層

問題を困難にしている。つまり簡単に病気などで死なないからだ。いっそ結核

や癌で死んでしまえた方が楽なのかもしれないからだ。

 不治の病、実存。人類は、これを克服できる日が、いつかくるのだろうか。

                                了

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第六百十話 秋風 [文学譚]

 夏の名残のまま開け放したベランダの窓から、ひんやりとした風が流れ込ん

でくる。まだ半袖のパジャマで床に入っている私は、冷えてきた腕を掌でさすっ

温める。すると、掌にあったぬくもりがダイレクトに腕に伝わり、腕から肩へ、

自分自身の体温が伝わっていくのがわかる。むろんそのぬくもりはまた掌に

戻っていく前にどこかへ消え去ってしまうのだが、感覚としては、体中に張り巡

らされた動線を電流が流れているように、体温が循環しているのがわかる。

 一昨日はまだ気温も高くて、一体今年の残暑はいつまで続くのだと不安にさ

え思っていたはずなのに、南方に台風が訪れ、昨日の午後には天候が少し

れただけなのに、夜になるとすっかり秋の風に変わっていたのだ。気温も、海

流も、南国さながらの様相を示していたおかげで、虫や魚たちはかなり北上し

ていると報じられていたのだが、こんなに急に温度が変わってしまったのでは、

彼らは古巣へ戻ることができたのだろうか。人間なら一枚上着を増やせば済む

話だが、自然界に住む生き物はそうはいかない。急激な温度の低下に命を落

としたものも、きっと多いことだろうな。そう思いながら窓外を覗き見た。

 この部屋はマンションの三階に位置しているのだが、窓から見ると、ちょうど

表通りが見渡せ、人や車の往来をぼんやり見ていることが多いのだが、今日

はなんとなく違和感を覚えた。何かが違う。なんだろう、この違和感は。しばら

くしてようやく気がついた。昨日までは青々としていた街路樹の葉がみんな黄

色く、あるいは茶色くなって枝から落ち出しているのだ。自然というものはこん

なに急激に変化するものなのか? そういえば、秋なんていうものは、残暑か

ら少しずつ気温が下がり、その気温の変化と共に動植物の様子も変化してい

く、それが日本の四季というものではなかったろうか。少なくとも、数年前まで

はそんな季節の移ろいを感じていたように思う。思い起こせば昨年も、いきな

り冬が来た。夏から、秋をすっ飛ばして冬になってしまったような気がする。そ

して今年は、いきなり冬ではないが、ストンと緞帳を落とすかのように秋の様

相に変わってしまった。道を急ぐ人を見ると、早々と秋めいた衣装の人がいる

かと思えば、半袖やタンクトップという夏装束のままで寒そうに歩いている人も

見える。やはり、突然の移ろいに、みんなも戸惑っているのだ。人にしてこうな

のだから、鳥や野良たちもさぞかし戸惑っていることだろうな。

 そこまで思いを巡らせてから、あ! と気がついた。ニャンコがいない。一

昨日までは暑そうに玄関の土間の上で横たわっていた我が家の猫の姿が

えないのだ。ニャンコは暑い時には涼しい場所を、寒い時には涼しい場所を

く知っていて、人間よりも先にいい場所を独占する。これだけ涼しければ、ベッ

ドの中に潜り込んでくるはずなのだが。

「ニャンコ、ニャンコ」

 名前を呼びながら狭い家の中を探してみる。いない。二LDKの広さしかな

い我が家では、どこにも行くところなどないはずなのだが。ニャンコ、ニャンコ。

段から、読んでも出て来ることは少ないニャンコだが、私は急に不安になっ

た。もしや、この温度の変化で何かが起きたのではないか。閉まった窓から出

った形跡もないのだが。まさか。不安になって窓から階下を覗く。窓は閉

っていたはずだから、落ちるはずもないのだが、こうも姿が見えないと、不穏

な妄想さえ生まれる。階下のエントランス横に拵えられている花壇のあたりか

ら鈴虫らしき鳴き声が聞こえる。ニャンコ、ニャンコ。眼下の花壇に向かって呼

びかけてみる。みゃぁあ。ニャンコの鳴き声にびっくとして振り返ろうとすると、

ニャンコがどこからか現れて、私と並んで窓外を覗いているのだった。

                                   了

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第六百九話 感情移入 [日常譚]

 テレビドラマを見終わった加奈子は、しばらくその場を動けないまま既にCM

に変わってしまっている画面を呆然と眺め続けていた。ドラマの筋自体は、

愛と仕事を絡ませたよくあるメロドラマなのだが、OLである主人公の設定が、

自分の境遇とそっくりだと思っているので、人ごととは思えず、毎週欠かさず

待ちかねて見ているのだった。次回はいよいよ最終回で、今週はラストにつ

ながる大波乱の展開なのであった。つまらないことから、上司であり恋人

もある彼氏との間に亀裂が生まれ、別れの予感がしている。そのつまらない

ことを呼び寄せたのは、主人公が最も信頼する親友でもある同僚なのだ。人

間関係を大切に思う女子にとって、友の裏切りほど悲しい話はない。

 次の番組がはじまるころになってようやく、加奈子は気を取り直して立ち上

がり、キッチンを片付けてからシャワーを浴び、眠りについた。

 翌朝、先に旦那を送り出し、部屋の中を少し片付けてから出社した加奈子

は、いつものように事務仕事をはじめたのだが、しばらくすると親友でもある

同僚の久美子が油を売りにやって来た。それは毎日の行事のようなものなの

だが、この日加奈子は久美子の来訪を無視した。

「あれ? 加奈ちゃんどうしたの?」

 不思議な顔をして久美子がすり寄ってくるが、加奈子は無視し続ける。

「体調でも悪いのかしら? 大丈夫、加奈子さん?」

 久美子が心配してなんのかんのと声をかけてくるので、加奈子は切れそうに

なりながらもついに声を発した。

「何よ! 友達みたいな顔をしてすり寄ってこないで! あなたのせいよ! 

あんなことになったのは!」

「え? どうしたの? 私何か悪いことしたかしら?」

「とぼけちゃって!私、知ってるのよ。ちゃんと見てたんだから。あなたがあ

んなことを会社で言いふらすから、彼との仲が、今終わりそうなんじゃない!」

「私が言いふらした? 何を? それに、彼氏との仲って? あ、また喧嘩した

んでしょ。そうよ、きっとそうに違いないわ」

「喧嘩? 喧嘩なんてしてないわよ。あなたのせいでもう、顔も見てもらえない

のよ! 私たち、もう、おしまいなんだわ!」

 泣き出す加奈子を前にしてどうしたものかと考えていると、加奈子の上司が

自席から声をかけてきた。

「おい、どうした久美子さん、喧嘩でもしたのか?」

 ほらほら、加奈子、上司が心配してるわよ。そう声をかけられた加奈子は、

目がくらみそうになった。あの人は私じゃなくて久美子に声をかけてきた。心

配されてるのは、告げ口をした久美子の方だ。私は、私は・・・・・・。

「加奈子、何してるのよ。夫婦喧嘩を会社にまで持ち込まないで。ほら、上司

が、旦那が呼んでるわよ。話をしておいでよ、ほらぁ」

 むりやり久美子に肩を押されて立ち上がった加奈子は、上司の姿を見て思

った。違う。私が恋してるのは、そして今別れ話が出ようとしてるのは、こんな

むさくるしい親父じゃない。これは私の上司でも恋人でもない。いったいどうい

うことなの? 何が起きているの?

「もう、世話がかかるわね! 早く彼のところに行きなさい!」

 内心久美子は思っていた。だから困るのよね、社内結婚でそのまま夫婦して

同じ職場にいられたらさ。周りが迷惑だっちゅうの。加奈子だけは違うと思って

たけど、やっぱり、どこの夫婦も同じね。職場は離れて方が、きっと上手くいく

わ。昨日のあのドラマだって、主人公の友達も同じように考えていたから、あ

あやって、二人の間に水をさしたんだわ。私にはよくわかるわ、彼女の気持ち

が。あら? 久美子はそのときはじめて気がついた。なんだかドラマと現実が

よく似た設定になってるわと。

                         了

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第六百八話 できない [日常譚]

 新幹線禁煙車両で弁当を食べ終わった欣三は、ずっとそわそわしたまま居

眠りもできないでいた。どこもかしこも禁煙づくしのいま、新幹線も禁煙が当

たり前になってきた。欣三も時代に逆らえずに、禁煙まではしていないものの、

節煙の努力をしているのだが、東京までの二時間半、いつ煙草を吸いたくなっ

てもいいように、喫煙ブースの近くに指定席を取るようにしている。ところが、

今回は、どの列車も満席で、ようやく取れた列車は、全席禁煙で喫煙ブースも

ないのだった。

 節煙をはじめて半年も過ぎている欣三は、二三時間吸わないことなど普通に

あるのだが、二三時間吸ってはいけないといわれると、妙に吸いたくなるのだ。

禁煙車両の座席に座ったまま、貧乏ゆすりをしながら、欣三は考えていた。あ

あー、吸いたいなぁ、煙草。いつもなら別に吸わなくたって大丈夫なんだが、

ダメだってことなると、逆にダメなんだよなぁ。なんでかなぁ。人間っておかし

なもんだよなぁ。映画を見る時だって、二時間トイレにいけないとなると、無性

に小便したくなったりするんだよな。だからみんなはじまる前にトイレに並ぶん

だろ? あれってほんとうは尿意があって行くわけじゃないんだよな、俺の場合

だけど。それにしても吸えないとなると、なおさら吸いたいんだよなー。ああー

吸いたい! 我慢できないよ〜。 今や二本くらいしか吸わない日もあるというほ

どの欣三なのに、新幹線が東京駅に着くやいなや、喫煙所を探し回って煙草に火

をつけた。ああ〜クラクラする。時間を開けて喫煙すると、頭がクラクラして、

それがまた快感だったりするのだ。

 できないといわれていっそうしたくなることはほかにもある。飯、酒、セッ

クス、パチンコテレビゲーム……なんだってそうなのだ。どんなことだって、

禁止されればされるほど、逆にしたくなる生き物、それが人間じゃないか。普

段しないようなことだって、ここではできないよなんていわれたら、なんだそ

れは、やってやろうじゃないかと思うし、やってやろうなんて一度思ってしま

うと、何が何でもやりたくなる、それが人情というものなのだ。 そう考えると、

いっそ禁止などしない方がいいんじゃないかとすら思える。禁止することによ

って、人の心は刺激され、トライしたくなるに違いない。

 東京駅の喫煙所を出た欣三は、急に尿意を感じて公衆トイレを探した。駅の

外れにあったトイレに入ると、ちょうど男子用便器の目の前に張り紙がしてあ

った。

「ここで人殺しはできません」

 なんだこれは? 賀萬出欣三は、奇妙に思ったが、ぼんやりとその張り紙を眺

めながら、結構溜まっていた水分を長い時間をかけて排泄するのだった。

                        了

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第六百七話 愛翻五 [可笑譚]

 あいやぁ。世の中、偉いことがあるもんだなやぁ。行列ができているあるも

んなぁ、発売日に。何にって、ほらあの、電話だよ、電話。電話を買うのに行

列ができるか、普通? なんだか知らねーけど、随分おかしな時代だと思うよ、

この世の中は。……って喜んでる場合じゃないあるなぁ。

 わしだって売っているのだ。いま流行の電話っちゅうやつを。それもさ、一

番売れているタイプのばあじょんをな。アメリカのなんとかいう、そうそうい

まは亡きスティーブっちゅう男がつくった電話が世界中でえらい売れたっちゅ

うことでな、わしは注目しておったんじゃが、そのうち韓国でも同じようなん

を作ったら、それも売れてるっちゅうじゃないかいな。それでもってどっちも

が毎年毎年新しいのんにあっぷぐれいどするもんだから、消費者もほっときゃ

あいいのに、同じようなもんをまた買い直して、えらい金持ちが多いもんやな、

日本っちゅうとこは。

 そいでもってそのアメリカの林檎マークがついた電話、去年、最高皮質まで

高まって、その次どないしよるんやろ思たら、今年もまた新しいのを出すっち

ゅうことで、だいぶん早い時点から噂になっとった。わしはそこに目ぇつけた

で。噂になっとるそれを、先に作ったらええのんや。あのデザインはいままで

売れて来たんと似てるけど、またちっと違うし、中身も進化しとるっちゅうけ

ど、まぁ、そんなもんはいままでのんをちょっとよくしただけやろうし。

 わし、考えたで。こんなもん、早いもん勝ちや。元のデザインとは似てるけ

どちょっと違うのんを、先に作ってしもたらええんやろ。中身はそりゃぁ、う

ち若い技術者に作らせたらええあるわ。カメラも、パソコンも、電話も、ええ

見本になるのんがごろごろしとるで。日本の技術もすごいけど、最近は韓国の

技術もたいしたもんやからな、そっからちょっとずついただいたらええあるね

ん。そうやって、わしはつくったで、アメリカのんが出るひと月前にな。

 コンセプトはやなぁ、板やな、板。わしらが子供の頃、厚紙に絵描いて、テ

レビにしたり、鉄砲にしたり、本にしたりして遊んだがな。荒れと同じように

な、ひとつの板が、カメラになったり、ノートになったり、スケッチブックに

なったり、パソコンになったりするんやで。そうそう、電話もできるんや。す

ごいやろ? これ、絶対売れると思うた。なにより、アメリカの似たようなん

より先に出すんやからな。みんな飛びつきよる思た。

 せやけど、あかんな。ウチはお金がないあるよ。宣伝するお金が。宣伝でき

なかったから、誰も知りよらへんねん、ウチの優れた品物の名前を。名前はな、

オリジナリティ溢れる名前にしたった。愛翻五いうあるよ。読み方はな、あい

ほんごやないか。ええ名前やろ?これは売れる思たのに、宣伝してないから売

れよらへん。そうこうしているうちに、アメリカのんが、大げさに発表して、

ばんばん宣伝入れてきよった。えらいもんやで。それであの行列あるよ。発売

当日にもう二百万台かしらん、売れたいうとったで。すごいなぁ。

 そやけど、わし、腹立つで。わしのんが先に出したんや。同じようなデザイ

ンや。できることも同じようなもんや。これ、パクリちゃうか。わしが先に出

したんやから、わしのがオリジナルやろ? それ、真似されたんや。アメリカ

に。どないしてくれるあるか。わし、絶対訴えろ思てるあるがな。パクられて

黙ってたらあかんやろ? そう思うやろ? 早いもん勝ちや。訴えなあかん、

負けてられへん。え? 何? 理屈がおかしいって? そんなことないあるよ。

わしらは賢いあるがな。あんな低俗な国に負けてられへんあるよ。おかしいも

へったくれもあるないあるよ。いつ訴えたろか、あるよ。

                         了

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第六百六話 フェイス僕~目覚めの日 [妖精譚]

  驚いた。これが本当に俺なのか、田島裕三は鏡に映る自分の姿を見て思った。

 裕三はタウン誌のライターで食っているのだが、その取材先であり、仕事仲間

でもあるカメラスタジオの浮田に声をかけられたのだ。

「田島さん、今度ちょっと面白い企画があるんだけど、ちょっと協力してくれない?」

 聞けば、何かモデルになって欲しいという話だった。頭髪が薄くなってスキンヘッ

ドをトレードマークにしてきた裕三はモデルになどなったことがない。仮にそのような

依頼があるとしたら、それは育毛剤かカツラの広告であろうなと思うのだが、今回の

話しは少し違った。スタジオ自身のPRのために写真を撮るというのだ。いつもは取

材で写真を撮る側の裕三なので、被写体側になるのはいささか恥ずかしい気がし

が、仲間からの依頼でもあり、ろくに話も聞かずにひとつ返事で引き受けた。

 数日後、その仕事の打合せをするというのでスタジオに出向いて、はじめて話の

細を知ることになるのだが、正直、裕三は詳細を知って心が踊った。被写体にな

るという話は渋々受けたのだが、こういう話しなら最初から飛びついていただろうと、

中で思った。実は、自分の中に密かな願望があることは、人知れず気がつい

ていた。自分ではない何かになってみたいという変身願望。さらには自分ではない

何かではなく、はっきりと今回のような姿になってみたい。その姿で街中を歩き回っ

てみたい、そんな願望を胸の中にしまいこんできたことを思い出した。それに、これ

だと自分であることもわからないのではないか? 素顔がわからないのなら、恥ず

かしいこともなんともない。どうにでもなりやがれ。

 さらに数日後、いよいよ撮影当日がやって来た。裕三は朝からそわそわしながら

ごし、約束に時間ぴったりにスタジオを訪れた。

「やぁ、雄三さん、肌の調子はどうですか?」

「は、はぁ。別に・・・・・・いつも通りで」

 スタジオの主である浮田に促されてスタジオ控え室に入ると、ヘアメイクや

スタイリストが準備を進めていた。彼女たちとは面識がある。裕三は直接仕

事で一緒になったことはないが、広告会社や制作会社の打ち合わせ室で挨

拶したことがある。

「うふふ、田島さん、楽しみですね」

「田島さん、素敵につくりますからね」

 ヘアメイクにもスタイリストにもおだてられたり冷やかされたりしながら準

備に入った。鏡の前で椅子に座って、首から下に美容室で使われるような

エプロンを付けられた裕三は胸を躍らせながら、しかしそれを悟られない

ために静かに目をつぶった。メイクさんの手のひらが頬に当たる。何かク

リームのようなものを塗ったくっている。こそばゆいような、気持ちがいい

ような。次から次へと顔中に何かを塗りたくられて、いったいどんなことに

なっているのかと目を開いた裕三は、鏡の中の自分を見て愕然とした。

「あっ! オカマ!」

 白いどうらんを塗りつけられたその顔は、もちろんまだメイクははじまった

ばかりなのだが、厚塗りのおばはんか、あるいはオカマのおっさん、そうで

なければ道化師のそれだ。気持ちが高まっていただけに、自分の姿に愕然

としつつも、一体何を期待していたのかと自分を罵った。このまま逃げ出した

くなったが、それも大人気ないと気を沈め、再び目を閉じた。腹を据えてしま

うと、もうどうでも良くなり、どうでもよくなった分だけ気も抜けて、眠たくなって

きた。椅子に座ったままうつらうつらとしている合間に、田島さん口をイーっと

してだの、目を開けないでねとか、いろいろ指図を受けてその度に目を覚ま

てその通りにした。

 小一時間もたっただろうか。はぁい、できましたよ。うわぁ! 綺麗! などと

言う彼女たちの声で覚醒した裕三は鏡の中を覗き込んだ。そこには真っ白な

顔があり、禿げた頭は可愛らしいセミロングヘアで隠されていた。パッチリと

見開いた大きな眼は、とても自分のものとは思えない。ピンクのルージュ

引かれた唇もぷっくりとしてかわいらしい。ええ! ええーっつ! これは誰?

何これ? これが俺? 俺ってこんなに可愛いの? 様々な驚きが一気にや

てきて、先ほど落胆したのが嘘のようだった。何が顔を変えるって、髪の毛は

本当に重要なんだなとも気がついた。

 顔の出来栄えに気を良くした裕三は、衣装合わせには俄然意欲的になった。

基本的にはスタイリストが準備したものを受け入れるのだが、首元のひらひら

はもっと大きくしたいだの、何かもっと派手なショールが欲しいだの、何かにつ

け注文をつけた。が、結果的には最初から用意されていたものに落ち着いた

のだが。

 全身鏡の前で右を向く。左を向く。後ろ向きになってみる。ちょっとだけシナ

作ってみる。肩をすぼませたり、腰を動かしてみたり。これが俺? なかな

かいけるじゃん。悦に言っているうちに、浮田に呼ばれてスタジオに入る。真

ん中に三脚が置かれカメラが据えられている。浮田に促されて白いバック

前に立ち、言われる通りに佇んだ。右を向いたり左を向いたり、笑ったりか

んだり、両手を広げたり。撮影はほんの二十分ほどで終了した。

「スッゲー! 裕三さん、めっちゃ可愛いよ」

 仲間とはいえ、おっさんに可愛いと言われてこそばゆくも嬉しい気持ちで、

パソコンに取り込まれた自分の姿を見せられた裕三は、口元が緩みっぱな

しだった。

「ね、ね、この画像データ、いくつかもらっていい?」

「もちろん、いいよ。ただ、本番で使うデータは表に出さないでね」

 自分の女装写真が、実際どのように使われるのか、裕三は詳細を知らない。

だが、そんなことはどうでもいい。実際に自分の願望が実行できたことと、その

成果が手元にある。それだけで十分だ。持ち帰った写真を密かに眺めながら

裕三は思った。これ、自分で見てるだけなんてもったいない。みんなに見せた

いなぁ。だけど、趣味みたいに思われるのも嫌だしなぁ。さまざまな考えが浮か

んだが、見せたいという気持ちが勝った。裕三はパソコンを立ち上げて最近大

いに利用しているフェイス・ボックスというSNSに貼り付けた。すると、案の定、

フレンドたちから次々とコメントが舞い込んできた。褒める声、驚きの言葉、冷

やかし、だが、否定の言葉はひとつもない。

 裕三はほっとした。もし、何か嫌なことでも言われたらどうしようかと思ったが

・・・・・・しめしめ、これでひと安心だ。もし、今後どこかでこの姿をしているとき

に誰かにバレたとしても、これはあのときの延長で仕方なくやっているんだと

言い訳ができる。決して趣味などではないと。俺はいま、新たなドアを開いた

のだ。これまでは抑えに抑えていた気持ちを、もう、抑制する必要はない。い

つでもどこでも、俺はもうひとりの自分になれる。いや、俺は彼女になれる。こ

れは素晴らしいことではないか。こんなことができるのは、世界中を見回して

も、そんなに多くはないぞ、きっと。裕三はフェイス・ボックスに掲載した写真を

眺めながら何度も微笑んだ。新しいボク、いや、新しいア・タ・シ。アタシは美し

い。今度は自力でやってみる。これほど可愛くなれるかしら? うん、なんとか

出来ると思う。道具を買わなきゃァ。メイク道具と衣装と。どんなのがいいかなぁ。

何度も何度も思いを巡らし、うひょひょひょ、いっしっしと笑い声を上げた。いつし

か裕三の身体の中心は熱く硬く麗くなっているのだった。

                                    了

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第六百五話 ダーウィン [妖精譚]

 夏のはじめにペットショップに並んでいた小さな熱帯魚に興味を持って飼い

はじめた。それはコップくらいの狭い容器の中で、静かに赤い体躯を浮遊させ

ていて、不思議な美しさだなと思ったのだ。魚はベタという種類で、同じ水槽に

雄同士を入れると闘いはじめるそうだ。だから飼育は一匹でなければならない。

空気ポンプも不要で、わざわざ大きな水槽を用意しなくてもよいという手軽さが

気に入った。

 小さな容器のまま持ち帰ったベタを、家に会った少し大きめガラス壜に移し

替え、ダーウィンという名前をつけた。神秘な雰囲気に進化していくイメージ

抱いたからだ。ベタは日中ほとんど動くことがなく、静かに水の真ん中を漂って

いる。もう一匹飼って、闘魚と呼ばれる彼らの習性を見物してみたい欲求にか

られたが、どちらかが死んでしまうのは辛いなと思い直してやめた。

 ベタは暑さには強いが、水温が下がるとすぐに死んでしまうらしい。夏の終わ

りになって、そろそろ何かヒーターを手当した方がいいかなと考えはじめたとき、

ダーウィンに異変が起きた。尾びれの一部が溶けはじめていたのだ。なんだこ

れは? と思っていると、二日後には背びれも溶け出した。友人にその話をす

ると、それはきっと尾腐れ病だと教えてくれた。金魚を飼ったことのあるその友

人は、魚の病気について一通りは知っているらしかった。

 尾腐れ病にいいという緑色の薬を購入して帰った日、ダーウィンの様子を見

ると、ますます元気がなさそうで、よくよく観察すると、胸びれも変化しているこ

とに気がついた。胸びれもやはり溶けているのだが、尾びれや背びれと違うの

は、溶けて無くなっていっているのではなく、溶けたひれの骨だけがしっかりと

残され、まるで足か何かのように見えた。私は、壜の中の水を静かに減らし、

壜の真ん中あたりに小さな島を作ってみた。ちょうど亀を飼うときのように。

 翌朝、ダーウィンの様子を見て驚いた。赤い小さな魚は、なんと壜の真ん中

に生まれた小さな島にしがみつくようにして頭を半分水上に出しているのだ。

何だこれは? オタマジャクシが蛙になるように、魚から蜥蜴へと進化してい

く生物の進化図を見ているようだ。

 陸に上がれるようになったダーウィンは俄かに元気になって、壜を覗きこむ

私の顔を見返している。これは、進化なのか? もしかして突然変異というも

のなのか? 私はドキドキしながらインターネットで進化や突然変異について

検索してみた。

 進化というものは通常、環境変化に併せて、何世代もかけて少しずつ遺伝子

情報を変化させていくものだが、突然変異は個体レベルで起きるようだ。また、

突然変異はDNAの変化によって起きるものだが、近年、DNAの変化はウイル

スによって引き起こされる可能性が提唱されているという。

 キリンの首は何故長いのか。これはダーウィンの進化論を悩ませてきたテー

マだという。何故なら、首が短いキリンの化石は残されているが、首が長いキリ

ンと首の短いキリンの中間的なキリンが存在しないからだ。ダーウィン的進化

論であれば、キリンの首は長い世代を経て徐々に伸びていくはずだから、この

中間的キリンがいるはずだということになるのだそうだ。そこで、ウイルスによる

突然変異説ならば、この謎にも答えることができるのだという。

 うちのダーウィンも、何らかのウイルスが彼の遺伝子に入り込んで、このような

変化をもたらしたのだろうか。今やダーウィンは、尾びれも背びれも消えてなくなり、

まるでしっぽのない蜥蜴のような姿で前足後ろ足と化したひれで、小島の上を歩き、

次には水中を泳ぐ、見たことのない生物になっていた。ときどき、私の方を見ては

何かを言いたそうにしている。私が彼の頭を撫でてやると、子犬のように嬉しそう

にするので、思わず手の上に乗せてダーウィンと名前を呼んでみる。何故こうなっ

たのか、何故ウイルスが発生したのか、そんなことはわからない。わからないが、

起きていることは事実だ。

 カウンターテーブルの片隅に、水槽だけではなくダーウィンが自由に出入りでき

る小さな小屋を作ってやった頃、私は顎の左右に痒みを感じはじめた。なんだろう

と思っているうちに瘡蓋ができ、洗面所の鏡を覗き込んで調べてみると、ちょうど

私の顎のエラのあたりに、本当の鰓ができていることがわかった。驚きはしなかっ

た。ダーウィンの姿を考えると、驚くべきことはなにもない。おそらく、ダーウィンの

ウイルスが、私の遺伝子にも影響したのだろう。

 私は今、日々変化しているように思う。まだまだ見た目に何が起きているのかは

出現していないが、鰓だけではとどまらないと思う。身体のあちこちが痒く感じるか

らだ。今、世界レベルで起きている異常気象や環境変化に対応するために、新しく

生まれたウイルスが、人類を新たな環境に適応できるように進化させようとしてい

るのかもしれない。

                               了


 

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