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第五百八十四話 刻印 [妖精譚]

 この夏はとりわけ暑い。毎年、夏になる度に同じように「今年はとりわけ暑

いねぇ」なんて思ってしまうのだが、今年ばかりは本当に暑い気がする。国

のエネルギーの問題で、節電社会になり、室内に入ってもエアコンなんか

が節電されているせいなのかもしれない。私はこれまでの人生の中で、子

供の頃には着ていたノースリーブの服を大人になてからは着なくなってい

たのだが、今年ばかりついにノースリーブを十数年ぶりに復活させた。

 ノースリーブというやつは、二の腕が顕になってしまうため、なんだか恥

ずかしいのだ。子供の頃は恥ずかしさなんて考えたこともなかったのだが、

大人になってからは、自分の二の腕が人より太く、無様な気がするように

なったからだ。なかでも、肩の辺りに残っている予防注射の痕、あれがど

うにも恥ずかしいのだ。

 子供の頃に接種されて痕が残るものはふたつあって、ひとつは疱瘡の

注射。これは本当に小さな頃に打たれてしまうので、どんなものだったか

覚えていないのだが、肩のところに無様な跡が残っている。もうひとつは

BCGという結核予防の注射。昔は針を差す注射だったそうだが、私が受

けたのは判子みたいに、ペタリと腕に押し付ける。自分の腕に残された

痕は、首を捻らないと見えないので、あまり見たことがなかったのだが、

ノースリーブで肩を出している子の痕を見ると、疱瘡のはなんだか丸い

判子をついたようなもので、BCGのは四角い九つの穴が整然と並んで

いるのだ。私の痕も同じようなものだとおもっていたのだが、大人になる

直前くらのあるとき、首をひねっても見にくい自分の注射痕を、鏡に映し

て観察したのだ。

 なんか違和感。友達のと違うような。友達のは丸い判子と、四角い判

子。だが、私のは・・・・・・獣の顔みたいなのと、もう一つは囚人にでも

つけられていそうなアラビア数字のような象形文字に見える。何これ?

不思議に思って両親に聞くと、不思議でもなんでもないよと、自分たち

の腕に残された同じものをみせてくれた。だけど、それ以後、友人たち

の腕の痕を何人も観察したが、私と同じ痕を持つ者は一人もいなかっ

た。こうして私はなんとなく腕に残された痕を人前に晒すのが恥ずかし

くなって、ノースリーブの服を着なくなった。

 だが、今、とっくに亡くなった両親の年齢よりも年上になった私の脳裏

に執拗に浮かんでくる思いがある。疱瘡は赤ん坊だったから仕方ない

として、BCGを受けたのは、どこでだったろうか。どこかの小学校? 

不思議なことに覚えていないのだ。注射の様子は覚えているのに、そ

の場所が記憶にないなんて。両親がいない今、もはや聞くこともできな

いのだが、どこか遠い場所から運ばれてきたような気がする。船か飛

行機か、そんな移動する函の中。窓の外は暗闇。夜だったのだろうか。

そんな環境の中で泣きながら接種を受けたようなイメージだけが、脳裏

に浮かんでくるのだ。

 人の体には、それまで生きてきた様々な痕跡が残されている。だが、

何だか覚えていない痕跡というものは、実に奇妙な気分にさせてくれる。

私は誰なのか、どこから来たのか、私はみんなとは違うのか。もしかして

私は人間ではないのか。さまざまな思いを巡らせながら、しかしこの暑さ、

もう痕跡等どうでもいいやと思いながら、ノースリーブに腕を通す。

                            了

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第五百八十三話 アレルギー体質 [可笑譚]

 今年に入ってから、どうも身体の具合がよろしくない。何がよろしくないっ

て、いたるところが痒い。一ヶ所痒みが出ると、つい掻いてしまう。すると、

かゆみはさらに大きく膨れ上がって、皮膚のその部分が大きく赤く晴れ上

がっていく。それだけではない。他の部分まで痒いと感じだし、気がつけば、

体中を掻きむしっているのだ。薬局でかゆみ止めを手に入れて塗ると、少

し治まって、忘れることができれば、いつの間にかひいている。要は、痒い

からといって掻くと、いっそう悪化するのだ。

 さらに別の症状もある。鼻炎だ。これは昔から持病のように持っていて、

まだ花粉症は発症していないものの、気温の変化やちょっと埃っぽかった

りすると、鼻がむずむずしだして、くしゃみや鼻水が止まらなくなるのだ。こ

れもマスクをしてみたり、体温調整を上手くできれば回避できる。

 もっと困るのが、体調全体が思わしくなくなること。どんよりしてやる気が

失せ、ちょっとしたうつ状態になってしまう。こればかりはいかんともしがた

く回避する方法がわからない。楽しいことを考えたり、面白いテレビを見よ

うとするが、意識が集中しないのだ。このままではよろしくない、そう考え

た私は、とりあえず内科診療所の扉を開けてみた。

 一通りの内診を行なった老医師は、アレルギーテストをしてみようといっ

た。少なくとも、痒みや鼻炎はアレルギーに間違いないというのだ。であれ

ば、何が原因なのかを特定するテストがあるというのだ。

 看護師に促されて、左腕を台の上に乗せる。看護師は八本もの細い注射

器を並べてニタニタしている。

「ちゅ、注射を打つんですか?」

「そうですよー」

「そ、そんなに?」

「ええ、八本です。それぞれにアレルゲンサンプルが含まれていますから」

 覚悟を決めてただひたすら左腕を突き出していると、看護師は一本ずつ

私の腕に突き刺しはじめた。左下腕の内側に細い針が突き立てられ、注

射器の内容物が注入される。小さく開いた穴からは赤い血が染み出して

る。縦に一つずつ小さな穴は増えていき、五つ目からは列を変えて刺さ

れていく。私の腕に、まるで犬の乳房のように、縦に4つずつ二列の穴が

並んだ。

「これでしばらく、触らずにお待ちください」

 待合で五分ほど待っていると、再び呼ばれて、老医師の前に座る。老医

師は私の腕を眺めながら、メモ紙に何かを書き付ける。

「ははーん、幾つかでてますねー。このいちばん上のがハウスダスト、その

次のがスギです」

「え? 私は花粉症はでてないですけど・・・」

「うーむ、それでもスギ花粉には反応してますねー」

 その次のふたつと、隣の列の上ふたつにも反応はないようだ。二行目の三つ

目は赤く膨らみ、さらに四つ目はかなり大きく晴れ上がっている。

「先生、それでこちらのは?」

「うん、この三つ目のは黴ですね。ほら、エアコンだとかそういうところに発生し

た黴があるでしょ? その胞子とかですね」

「で、このいちばん大きいのは?」

「おお! これはひどい。これがいちばん反応していますな。これはいかん、

どげんかせんといかん」

「どげんかって・・・・・・先生、宮崎の方ですか?」

「そげなことはどうでもよろしい。これは・・・・・・知りたいかね?」

「ええ、ぜひ教えてください」

「これはな・・・・・・」

「これは・・・・・?」

「これはな、シトじゃ」

「は? シト?」

「そう、シト」

「ああ、ヒト、ですか」

「そうじゃ、シトじゃ」

「ヒトって、人間ですか?」

「そうじゃ、シトじゃ」

「で?」

「シトはシトでもな、これはあなたの奥さんの細胞じゃ」

「え? いつのまに?」

「いや、まぁ、それはまぁ、いいとして・・・・・・」

「で? つまり?」

「あなたがいちばん強く反応してしまっているアレルゲンは、シト、奥方、っ

ちゅうわけじゃな」

「うちの奥さん・・・じゃぁ、私は、私はどうすれば・・・・・・?」

「そうじゃなぁ、そりゃぁ、アレルゲンは遠ざけるか、薬でごまかすかじゃが、

お主、どうするか?」

「お主って・・・・・・どうするかっていわれても・・・・・・」

                               了

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第五百八十二話 ヒリヒリする [文学譚]

 十九歳の大学生が書いて新人賞を取った青春小説映画化された。高校生

部活を描いた物語で、バレー部のキャプテンがやめるらしいという噂に、周囲が

右往左往する話だ。私が知っている高校時代、私が知らない若い世代の高校時

代、その両方が入り混じって、遠い青春にタイムスリップさせてもらった。

 ある批評家が「ヒリヒリするような青春が描かれている」と書いているのをみた。

いい映画であったという部分には共鳴できるのだが、その”ヒリヒリ”するようなと

いう感じがよくわからない。ヒリヒリするような青春。それはどういうこと? いなく

なったキャプテンのカバーをしなければならないバレー部員のお尻に火がつい

ヒリヒリするのか? 外で部活をしている野球部員が日焼けしてヒリヒリするのか?

彼氏の不在にやきもきする彼女の心がヒリヒリ痺れるのか? 正直、ヒリヒリする

感じを経験していないからか、どうしてもわからないのだ。

 ヒリヒリするのは、心? つまり心がヒリヒリ痛むということ? 頭の中ではそんな

風に考えてみるが、映画の中の若者たち、心がヒリヒリいたんでいたかなぁ? や

きもきしたり、どきどきしたり、じりじり我慢したり、そんなのはわかる。でも、ヒリヒリ

していたのかな? そこまでぐるぐると考えているうちに、身体のどこかがヒリヒリ

していることに気がつく。あれ? ヒリヒリ? ああ、これってヒリヒリしてる。ヒリヒリ

痛む。なるほど、こういうことなのかな? 私は身体のどこがヒリヒリしているのか

を調べ、左足のサンダルを脱いでみた。こないだ購入したサンダル。左足だけが

ちょっと違和感があって、足の甲やら小指のところやらが痛んでいた。で、その小

指のサイドと親指のあたりが擦れて靴擦れができている。ここがヒリヒリ痛んでい

る。こうして私が観た素晴らしい青春映画は、私の足の痛みとリンクした。

 ヒリヒリするような青春の痛みは、靴擦れの痛み。私の脳の中では、こんなシナ

プス結合細胞が生まれてしまったのだった。

                                     了

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第五百八十一話 流行ドラマ症候群 [妖精譚]

「なんですって? 情報漏洩?」

 翔子が企画管理しているプロジェクトから顧客情報五百万件が漏れたという。

企画者であり責任者である翔子はプロジェクト部員を総動員して、その原因究

明と謝罪会見、信頼回復、様々な側面からプロジェクトのリカバリーを図ろうと

画策した。約二分ほどでそれらの全てが遂行され、顧客に向けた謝罪金五十

億円をなんとか手当出来たと安心したとき、携帯電話が鳴った。

「なんですって? 交通事故?」

 翔子が仕事に集中している間に、恋人である雄輔が湘南付近で事故に遭っ

たというのだ。慌てて病院に駆けつける翔子。病室では意識不明の雄輔が酸

素マスクをつけたまま眠っており、その側には若い女性が心配層に付き添って

いる。誰? 訊ねてみると、女性の名は恭子といい、東京でモデルをしている

のだが、雄輔とは半年前から付き合っているというのだ。翔子は一瞬真っ白に

なった。目の前に横たわっているのが本当に雄輔なのか、翔子と五年も付き合

ってきた男なのかと疑った。五分後、雄輔は目を覚ましたが、翔子のことも恭子

のこともわからない。頭を強く打って記憶障害を起こしてしまったのだ。

 一ヶ月後、雄輔は翔子のマンションにいる。なぜかそこには恭子も一緒にいる。

雄輔の記憶が戻るまで、暫定的にそのような生活をしようと翔子が決めたのだ。

翔子の仕事は、ひと月の間に概ね信用を取り戻し、順調に推移していたのだが、

会社のトップから呼び出しがかかる。

 社長室。黒沢社長の脇に控えている沼井常務がいやらしい作り笑いを浮かべ

ている。この男、能力を発揮する女性を毛嫌いする傾向がある。優秀な女性が

怖いのだ。黒沢社長が言う。翔子をプロジェクトリーダーから切り離すと。つまり、

情報漏洩事件の責任を取れということなのだ。

 家に帰った翔子は悔し涙にくれるが、気がつくと雄輔と恭子がいない。置き手

紙。申し訳ない。記憶はやはり戻らないが、俺は恭子と暮らすことにする。済ま

ない。という雄輔の手紙。翔子はその場に崩れ落ちた。

 気がつくと病院のベッドの中。友人の美沙子が心配そうに翔子の顔を覗きこ

んでいる。

「わ、私どうしたの? 雄輔は? 恭子さんは? プ、プロジェクトはどうなった?」

 目を覚ますやいなやいろいろなことが気になって、ぐるぐる回る頭の中から出

てきた言葉を矢継ぎ早に美沙子に投げた。美沙子が答える。

「何言ってるの、地味子。雄輔って誰? 恭子って誰?」

「地味子? 地味子って誰のことなの?」

「またぁ、あなたの名前じゃない。忘れちゃったの?」

「私は翔子・・・・・・地味子なんておかしな名前じゃない」

「あ、あなたまた連続ドラマに入り込んじゃってるんでしょ。翔子、雄輔・・・・・・

あ、わかった。いまやってるあれね。”富豪の祭り”。翔子はドラマを見たら

いけないって、ドクターストップがかかってたんじゃない。なのに見たの?」

 え? ドラマ? ドクターストップ・・・・・・私は・・・・・・いろんなものにすぐに

感情移入してしまって、ドラマなどは、完全に登場人物になりきってしまう。

そんな妙な癖っていうか、病気があって、医者からテレビを見ないように

言われていたんだっけ。でも。でも、私はドラマが好き。見たいのよ!

 ・・・・・・と言って、ベッドの中で泣き崩れる地味子。美沙子がそっと肩に

手をやる。美沙子の後ろには、地味子の夫が心配そうに様子を伺ってい

る。美沙子との不倫がバレているのではないかと心配なのだ。

 企画演出の山本はリモコンのスイッチを押して、映像を止めた。

「とまぁ、こんな感じの新作ドラマをパイロット版で作ってみたんだけど、次

どうかなぁ」

 プロデューサーの加藤は、本気なの? とでも言いたそうな顔をして山

本に向き直った。

「あのね、真ちゃん。仕事熱心なのはわかるけど、これ、複雑過ぎ。何が

どうなっているのやら、わからないじゃん。パイロット版まで作っちゃってさ。

もっと、こうーなんていうか、単純明快で、スカーっとしたの、考えない?」

 そうかなぁ。俺はとても面白いと思うんだけど。山本真一は何故加藤は

わからないんだろうと考え、単純明快、単純明快と、加藤の言葉を反芻

するうちに、頭の中がどんより濁ってきて、だんだん腹がたってきた。

「てめぇ! 単純明快とは・・・・・・こういうことかぁ? はぁん?」

 山本は、そう叫びながら、座っていたパイプ椅子をいきなり持ち上げて、

隣にいた加藤の頭めがけて振り下ろした。

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第五百八十話 黙してただ神を待つ [文学譚]

 わが魂よ黙してただ神を待て、そは我が望みは神より出づ。(賛美歌より)

「おりゃあ、おるんはわかっとるんや、顔出せやぁ! くぉうらぁ!」

 ドンドンドン! ドンドンドン!

 マンションの扉が何度も叩かれ、外では派手なスーツにサングラスという柄

の良くない男が二人、大声で叫んでいるのが鉄扉越しにさえ聞こえる。なんと

いう近所迷惑。私は玄関から離れた部屋で、身を縮ませて声を潜めて存在を

消すことだけに命を賭けている。

「おぅりゃあ、舐めとったらあかんぞ! また来るからなぁ、その時までに耳を揃

えて用意しとけよぉ! ボォケエ!」

 男たちは言い捨てて帰っていったようだ。いわゆる街金。小売貸し。私が借り

たわけではない。夫がいつの間にかあちこちで借金していたのだ。私は質屋や

親戚や、保険の解約や、いろんなところで工面してお金を作った。そのお金で

ほとんどの借金は返済できたのだが、この萬田金融の分だけが残った。萬田

金融という名前がなんだか恐ろしくて、いちばん後回しにした結果だ。こうなる

ことがわかっていれば、いちばん最初に萬田金融に返しておけばよかった。

 夫は中小企業の営業部長をやっていた。もともと無口な人で、会社でも何も

意見を言わず、黙って過ごしてきたらしい。だが、夫が言うには、そういう人間

がいちばん出世できるのだと。下手なことを考えて、それを公に口に出すこと

こそ馬鹿の骨頂だと。何も言わず、文句ひとつ言わずに粛々と仕事をこなす

ことが業績につながるし、男は寡黙な方が信頼されるそうだ。同僚たちがそれ

ぞれに意見を戦わせて、言い負かされた者は無能者として左遷されていき、

意見を通した業務ですら、一時の成功はあるとしても、いつかは下降線を辿

り、その結果敗北者とみなされてしまう。何も言わない、何もしないのが、サラ

リーマンの処世術だという。

 だが、夫はそうして営業部長に初心してからが悲惨だった。自分の生き方に

成功を見て天狗になったのだろう。よりいい目がしたいと欲が出たのかもしれ

ない。小人閑居して悪事を成す、とはこのことだ。外部業者との癒着と社費横

領が発覚して、解雇されてしまった。その後は職にもつかずフラフラしているだ

けならまだしも、パチンコと競艇に明け暮れるようになり、知らないうちに街金

で多額の借金をしていた。十万が二十万、五十万が百万、百万が五百万にな

った借金だけを残してどこかに消えてしまった。私は前から勤めていたパート

でなんとか食いつないでいるが、もうこれ以上、借金を返す力はない。

 手元に賛美歌の本がある。昔、まだ子供の頃に実家近くの教会に通ってい

たときにもらったものだ。神様にお祈りしたいと思って聖書を探していたら、本

棚の隅から出てきた。賛美歌を歌ったからと言ってどうなるものでもないが、

藁をもつかむ思いとはこのことだ。

 わが魂よ黙してただ神を待て、そは我が望みは神より出づ。

 賛美歌のひとつにこの歌詞を見つけて、私はそれが神のメッセージだと思

った。黙って待つ。それこそが生きる道。黙って待っていさえすれば、必ずい

つか、救いがある。夫だってそうして処世をしてきたのだ。最後は黙さず業者

と連んだからあんなことになったのだ。

 黙して待つ。黙して待つ。もう三ヶ月も黙して待ち続けている。それで? そ

れでまだなんともなっていない。神からは救いの手は来ない。だが、パートを

休み、お金も食料も尽きて、こうして部屋の中に黙してこもっている私は、空

腹を通り越して、何もかもが無感覚になっている。何も感じない。苦しみも、

悲しみも。もしかすれば、これこそが神の救いなのだろうか。我が望み、神

より出つとは、このことなのだろうか。目の前が霞む。意識が遠のく。私は

黙して待つ。

 ドンドンドン! ドンドンドン!

 おお、あれは神の合図ではなかろうか。やはり、神はいらっしゃるのだ。

「おぅい! わかってるんやで! そこにおるんやろ! 出てこいや!」

 そう、ここにおる。神はここに。もうすぐ出てくるんやなぁ、きっと。

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第五百七十九話 レイヤー生活 [文学譚]

 まるで石器時代の頑固親父みたいに、始終難しい顔をして帰ってくる。おか

りと声をかけても「ウム」というばかりで、ひどい時には黙りこくったまま靴を

いでずかずかと部屋に上がる。もちろん自分の家なのだから、それでいい

だが、それにしても何か一言くらいいえばいいのに。

 家に帰ると、寝室で寝巻きにしている浴衣に着替えて居間にやってきて、一

言「飯はまだか」とだけ言ってソファに座って新聞を読みはじめる。結婚したて

の頃は、まだもう少し夫婦の話をしていたように思うのだが、結婚二十年を過

ぎて、気がつけば「飯」「風呂」「寝る」しか言わない頑固親父になっている。

 昔の漫画かなんかで、明治時代の親父の姿が風刺的に描かれていたのと

ほとんどかわらない。本当にあの漫画みたい。妻である私が話しかけても、

「ウム」とか「アア」とかいうか、完全無視される生活を強いられてきて、いつ

しか私も無口になっている。言っても聞いてくれない話をしても仕方がないの

だ。声をかけても戻ってこない挨拶を、しても虚しいだけなのだ。

 こうして家の中から会話が消えた。子供達はみんなもう独り立ちしてしまって

いるから、家の中は夫婦二人だけだ。二人だけの生活といっても、夫はほとん

ど会社だし、顔を合わすのは朝の一時間ほどと、夜寝るまでの二、三時間、休

日だって、昼まで寝ているかゴルフに出かけてしまう夫と顔を合わせる時間は

短い。だから、何も困らないのだ。飯と風呂さえ用意していれば。私の方はと

いうと、子供が小さかった頃は、学校のこととか子供の進路についての相談

とか、家の中を片付けて欲しいとか、掃除機の修理とか、いろいろ注文したい

ことがあって、ちっとも話を聞いてくれないと文句をいったりしていた時期もあ

った。だが、そのうち文句は怒りに、怒りは諦めに、諦めは空虚に変わって、

今やお金さえ持って帰ってくれればいいという気持ちになり、夫の存在は空

気か屁のようなモノになっている。

 夫がそんなだから、私だって好きなことをするわ。そう考えて、ヨガに行った

り、カラオケ教室に行ったり、私は私で適当に楽しんでいる。それでいいじゃ

ないか。いまさら離婚だ別居だと騒ぐ元気もないし。

「おい、帰った! 飯!」

 夫がいつものようにして帰ってきたある日、テレビを見ながら食卓に並べた

夕食を口に運ぶ夫を眺めながら、ふと気がついた。私たち、本当に同じ家に

いるのだろうか。目の前にいる夫は、本当にそこに存在しているのかしら?

奇妙な考えが浮かんだのだ。私は目の前でテレビに顔を向けて箸を口に運

んでいる夫に手を伸ばしてみた。あと数センチ、あと数ミリ。私の指先は夫

の額に届いた。数ミリ、数センチ。私の指は、夫の額の中にすーっと埋まり

こんでいく。え? なにこれ? 私の手は、遂に夫の頭をすり抜けてしまった。

つまり、夫はそこに存在していなかった。夫は私がしていることに全く気がつ

かない様子で、黙ってテレビを眺めながら飯を食っている。食事は、確かに

私が用意したもので、夫が食べるに連れ、減っている。食事は、皿は、食卓

は、部屋は、そして私は確かにここにいる。だが、夫は姿は見えるが、実態

はここにはない。おそらく夫から見た私も同様なのだろう。これはいったい?

私は理屈はわからなかったが、直感的にわかった。私たちは違うところに住

むようになった夫婦だと。

 なんとも不思議な話だが、夫婦は同じ時空間にはいるのだが、いわゆる違

うレイヤーに住んでいるらしい。夫婦のすれ違いは、いつの間にか、少しず

つではあるが、次元の違うところへとそれぞれを連れて行ってしまったのだ。

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第五百七十八話 ヴァンパイワ [怪奇譚]

 なぁ、こないだキャンプ場に行ったときに、岩登りをしててね、ロックの中

腹にあった小さな洞窟から突然コウモリの集団が飛び出してきて驚いたん

だ。危うく足を踏み外すところだった。だけどね、ぐっと踏ん張って堪えたん

だが、コウモリが居なくなった後の同kつを覗くと、入口のところに奇妙な形

をした小さな岩を見つけてね。どう奇妙なのかって? 見る角度にもよるん

だろけど、バットマンのマークっていうか、コウモリの口っていうか、なんか

そんな感じに見えるんだ。ここにあるのかって? ああ、そうだね、見せた

方が早いね。ちょっと待ってて。取ってくるから。

 ほぉら、これなんだよ。動かすときはこうして布にくるんで注意している。

壊れないようにね。普段はこれを寝室の棚に置いてあるんだけど、ちょっと

格好いいだろう? え? 痩せたかって? なんだよ急に。だけどそうなん

だ。なたバテだと思うんだけど、最近激痩せしはじめてね。それだけじゃなく

って、貧血気味なんだ。何? 医者? ああ、癌検診はしてるし、今程度は

痩せたかったから、ちょうどいい。医者なんて、行く必要もないし。岩を見せ

ろって? ああ、いいよ。首? 何、ぼくの首がどうしたって? おいおい、

なんなんだ。なんともない? そりゃぁなんともないに決まってる。腕を見せ

ろだって? 気味悪いな、なによ。ほら、腕。え? 掌の穴は何かって? あ

あ、この岩を持った時に、どっかで引っ掛けてしまったらしい。皮が剥けた。

いつかって? そりゃあ、この岩を拾ってからだからね、二週間ほど前か。

そのときにつけた傷にしては治りが悪い? 確かに、そうだけど・・・・・・そん

なに気にするほどのことでも。えっ? 何? 何よ。急に恐い顔して。やめて

よ、脅かしっこなしよ。え? この岩? 捨てろって? なんで。せっかく拾っ

たのに、やだよ。死ぬぞって? どういうこと。お前、おかしいんじゃないの?

何? ヴァンパイア? 違う? ヴァンパイワ? なんじゃそれは。ヴァパイア

って吸血鬼だろ? あのホラー映画に出てくる。そういえば、お前はホラーオタ

だったよな。違う? ホラー現象研究家?  なんだよ、それ。格好良すぎるぜ。

それはまぁいいとして、何? この岩はヴァンパイワだって? なんじゃそれは。

え? なに、ヴァ? ヴァンパい、わ? ヴァンパ岩! 血を吸う岩? そ、そん

なものあるのか? この岩が? 俺の血を吸っている? 夜な夜な? うそ!

そ、そんな。気味悪い。やるよ、この岩、お前にやるから、処分してくれ。頼む!

 え? いいの? 持ってってくれるの? つ井手だからだって? ついでって

なんの? もう一個あるって? 何。お前鞄から取り出したその丸い黄色いの

フルーツだろ? なによそれ。パパイヤ? 南国の、果物? あそう。それが

どうしたの? 別の友人のところから引き上げてきたところだって? パパイヤ

を処分するついでにこのヴァンパ岩も処分してくれるの? そう。だけどさ、な

んでそのパパイヤを処分しなけりゃあなんないの? 腐ってるの? なに、そ

の果物の名前が・・・・・・ヴぁん・・・・・・パパイヤ? 吸血パパイヤ、ヴァンパパ

イヤだって! ほんまかいな!

                                   了

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第五百七十七話 離人症候群 [妖精譚]

 「ある日、頭痛がはじまった。その痛みはそれまで経験のなかったもの。痛

い、痛くない、痛い、痛くない……交互に繰り返す痛みの波。私はこの痛みを

忘れてしまうためにフィットネスマシーンを始めた。すると、自分の手が何か

別の生き物のようにぐにゃりと曲がり、さらに体を見ると奇妙な物体に変わっ

ていた。私は現実感を失ってしまい、どこからどこまでが自分なのか、自分

が何なのかさえわからなくなっていた……」

 テレビの中で話しているのは話題の脳科学者。彼女は自らが脳梗塞に倒れて

しまい、しかし脳疾病の患者となった自分自身を脳科学者として観察したとい

う。僕は、このドキュメンタリーの、とりわけ”現実感を失った”という言葉に

深く感銘を受けた。

 現実感。それは、今、自分自身がここにいるという臨場感。喜びや悲しみ、

怒りや共感を噛み締める人間の感情の起伏。白状するが、僕にはどうもこの

”現実感”というものが欠損しているように思えてならないのだ。

 物心ついた頃、僕は積み木を重ねて遊んでいる幼い自分自身の姿を遠いと

ころから客観的に眺めていた。おいおい、そんなところに重ねると、せっか

く積み上げたものが全部崩れてしまうぞ。本当に不器用な小さな手だなぁ、

お前の前肢は。そして崩れ落ちた積み木の前で泣いている自分自身を冷めた

目で眺めていた。まだ赤ん坊に近かった僕は、その感覚がおかしなものであ

るのかどうかすら認識できなかった。

 小学生の僕は、小さなナイフで鉛筆を削る事を覚えていた。こちらから

無効に削るやり方と、とんがった先を自分の方に向けて削るアメリカ

のやり方を比べながら、僕はこのナイフの切れ味を他のもので試してみ

たくなった。肉を切ってみたい。自分の指を切ると痛いだろうことはわか

っていた。血が流れ出るであろうことも。だが、その痛みはどんなものな

のか、ナイフはどのくらい深く切れ込むのか、血の量はどのくらいなのか、

僕は何故かそんなことを考えながら、自分の指を切りたがっていた。おい、

そんな馬鹿なことは止めろ。痛い目に遭うだけだ。いったい何がしたいの

だ。本当に止めたほうがいい。僕はそう思い続けていたが、右手に持った

ナイフの刃先は左手の親指に食いつき、指の腹を深く切り裂いた。

「痛い!」

僕はナイフをほおり出して、母親の元に走っていき、指を見せて泣いていた。

だが、本当は痛くも辛くもなく、ただ人ごとのように泣いている自分自身

天井から眺めていた。

 大人になってからは、このような奇妙な感覚は無くなったのだが、それで

も現実感というものは薄く、喜怒哀楽の感情も人に比べて小さい自分を自覚

していた。

「わぁ、きれい!」

 春先になると通り道や近くの公園に小さな花が咲きほころぶ。色とりどり

の花を見てはそう口にする咲子を僕はいつも羨ましいと思う。どうしてそう

簡単に愛でることができるのだ?確かに花々は美しい。僕だって思わず携帯

を取り出してカメラ機能で花の絵を撮る。しかし、そこには”きれい!”とい

う感嘆符はなく、”キレイナ花ヲ撮ル”という業務をこなしているだけだ。

「あら? だって写真を撮るくらいだから、心の中ではきれいだって感じてる

訳でしょ?」

 咲子はそう言うが、実際にはそんな簡単なものではないんだ。僕の脳がそう

言って反論する。僕は何か悪い病……例えば境界性精神障害みたいな病気なの

ではないだろうか? この現実感のなさは、この境界例という病の特徴だと聞

いたが。僕は心療内科を訪ねて医師にそう聞いた。「いやいや、そんな特殊な

ものではないと思いますよ。軽い気分変調症でしょう。薬を飲んでみますか?」

そう言われた僕は、投薬は断って家に帰った。薬なんかで僕の心を変えられて

なるものか、そう思ったからだ。

 現実感のない人間の行動って、どういうものかわかるだろうか。目覚めてい

る今、自分が行なっていることに現実感がないのだ。痛みもない。悲しみもな

い。もちろん喜びも感じない。走れと言われたら、走り出す。笑えと言われた

ら笑い出す。自分がないわけでは、もちろんない。自分自身の意識はあるのだ

が、これは現実じゃないと感じるのだ。現実じゃないなら、誰かに言われたま

ま走ったり、笑ったり、泣いたり、別にそのくらいのことは苦でもなんでもな

い。盗人になることも、殺人者になることすら、簡単にできるだろう。そう、

これは、限りなくリアルな夢なのだ。

 都内の会社に勤める僕は、命じられるままに地方都市へ転勤した。都内には、

年老いて病気がちな母がいて、遠くに行ってしまうのは気がかりではあるが、

これは夢の中の出来事だから、心配ない。何もかも、現実の事ではないのだか

ら、きっといつか目が覚めたら、子供の頃のままの僕の目の前で若く美しい母

が笑っているに違いない。

                   了

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第五百七十六話 チリッパー [妖精譚]

 美香ちゃん、夕べも酔っぱらってたのね。よく遊ぶわね。

 会社の同僚にそう言われて驚いた。なんでそんなこと知ってるの? そり

ゃぁわかるわよ。私もチリッパーやってるもの。

 チリッパーとは、数年前から流行しだしたインターネット上のソーシャルネ

ットワークインフラのこと。ほらあの、百四十字でつぶやくっていうあれ。私

は三年前から登録していたが放置していたのだが、あんまり世間で話題になっ

ているので、半年ほど前から書き込むようになった。書き込むといっても、何

を書いたらよいのか、普段は取り立てて書くような面白いこともないので、ご

はんのこととか、いまいる場所とかを、ほんとうにつぶやくように投稿する。

最近それが癖みたいになってて、自分でもいつ書いたのかわからないほど頻繁

にスマートホンをいじり倒している。だから、同じチリッパーをやってる人な

ら、私のつぶやきを誰に見られても可笑しくはないのだが、それにしても会社

の人とは誰ひとりチリッパー上では繋がっていないはずなのに、やっぱり見ら

れていたりするんだなぁと、改めて気がついた。

 行きつけの喫茶店のママが言う。あら、美香ちゃん。またお買い物したんだ

って? ええ?なんでそんなっこと知ってるのよ? だってチリッパーにつぶ

やいてたじゃない。また無駄遣いしてしまったって。ああそうか、そういえば

週末のバーゲンで夏服を衝動買いしたってかいたっけ。なんだか、いろんな人

に監視されているみたいで怖いな。

 お腹壊したんだって? 大丈夫? ありがとう。でもあれは先週よ、もう治

った。角のタバコ屋さんまで私の体調をしっている。偉い時代になったものだ。

便秘はもう治ったの? 家の近所で毎朝箒で道を掃除している箒おじさんがそ

う声をかける。え? あ? なんで? 私、そんなことまでつぶやいたっけ?

今日の下着の色は黒にしたんでしょ? マンションの隣に住むおばさんまでも

が声をかけてくる。え、ええ、まぁ、その。曖昧に笑いながら対処する。私、

そんなことつぶやいたっけ?

 テレビ画面に見たことのあるキャスターが映っている。今日の話題。進化す

るネットワーク。思っただけで入力できるアプリが登場だって。え? それ、

すごいじゃない。もう、キーボードがいらなくなってしまうわけね。あれ?そ

ういうの前にもあったような。ああそうか、あれはスマートホンのアプリだっ

け。スマートホンの画面に現れるキーボードは小さい。だから音声入力の方が

便利だってことで、音声入力という機能が発達した。それがさらに進化して、

思っただけで入力できるなんてものが登場したのは先月だっけ。私、あのアプリ

をインストゥールしたんだっけ。そのまま忘れて放置していたんだっけ。私のス

マホ、次から次へと出てくる新しいアプリをどんどん入れてしまうから、もう何

がどうなってるのやら、どれが何だかわからない。ま、いっか。

 あ、そういえば先週衝動買いして、今週は毎晩飲み歩いて、今月のお給料、も

う使い果たしてしまった。どうしよう。まだ次の振込までだいぶあるけど……困っ

た。こうなったら、コンビニ強盗でもしちゃおうかな。拳銃なんて持ってないから

包丁でも脅かせるかな? あの角のコンビになら、お兄ちゃん弱そうだし、できる

かも。そうだ、それ、いいアイデアかも。

 玄関のチャイムがなる。え? 今頃誰? ドアホンのモニターに中年男性が映っ

てる。どなた……ですか? 

 警察です。あなた、いま、コンビニに押し入ろうとしてますね。ちょっと、お話

伺いたいのですが。

 ぐげ。け、警察までチリッパーしているの? 知らない人まで私を監視している

の? そ、そんな。警察が部屋に踏み込んできて、私を逮捕する。強盗計画罪容疑?

そんなのあるの? ちょ、ちょっと待ってよ。考えてみただけだよ、ちょ、ちょっと、

け、刑事さん、待って……

                    了

 

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第五百七十五話 フェイスノート [日常譚]

「あなたの知り合いじゃないですか?」

 ブラウザを開くと画面上にそのようなメッセージが現れ、知らない人たちの

名前がズラズラっと表示された。数年前から話題になっていたフェイスノート

というソーシャルネットワークシステムだ。衣子はそんなもの関係ないし、必

要ないわと思っていたが、周囲の友人たちは揃って登録しており、衣子にも

しきりに勧めてくるので、まぁ、一応登録だけでもしておくかと、フェイスノート

のサイトと向かい合ったのがひと月ほど前だ。案の定、登録したからといって

何をすることもなかったが、勧めてくれた友人たちだけには友達リクエスト

してつながっておいた。

 すると、タイムラインとかいう表示画面には、友人が書き込んだ記事や、知

らない人の記事が現れるようになって、時々はそういうのを眺めていたのだ

が。すると、さきほどのような「知り合いじゃないですか?」というメッセージが

来るようになり、多くは知らない人の名前だったが、その中に、知っている名

前を見つけてぞっとした。桑畑花子。名前を聞いただけでも嫌になる。同じ会

社のお局様的存在なのだが、この人は気が強くて、意地悪で、周りの人間か

らも煙たがられていることに全く気がついていない女史。間違って、こんな人

とつながったりしたらたいへんだわ。フェイスノートを使って、毎日監視されて

しまいそう。衣子は背筋がゾクゾクっとした。

 なんとか「知り合いじゃないですか?」という表示を消したいのだが、その方

法がわからないまま放置していた。しばらくすると、今度は不可解なメールが

届くようになった。知らない人からのメールで、友達リクエストを承諾しました、

という内容のものだった。え? 何? そんな知らない人に、なんで私がリクエ

ストなんてしたことになってるの? また、別の友人からも「承諾」のメールが

届いた。この友人にもリクエストは送っていない。ネットで調べてみたら、ある

設定を外さないと、フェイスノートが勝手にそういう動作をするというのだ。い

やぁ、気持ち悪い。困る。だが、設定解除の方法もわからないまま数日が過

ぎた。だが、事態はどんどんおかしな方に向かっているようだった。

 「あなたに相応しい結婚相手はこの人じゃないですか?」

 見ると、中年男性の顔写真入りリストが表示されている。知らない男たちだ。

「あなたが嫌いなのは、この人じゃないですか?」

 今度は男女入り乱れたリストで、その中にはあの桑畑花子の顔写真も入っ

ている。どうやって、何故、どのようにして、フェイスノートはこんなリストを作

成してくるのだろう。気持ち悪いどころか、恐ろしくなってきた。

「今日は、映画を観に行きたいのではないですか?」「今夜はお酒を飲みに

いくのではないですか?」「エッチの相手はこの人ではないですか?」「今日

腹が立つのはこの人ではないですか?」いつの間にか、どんどん提案メッセ

ージの種類が増えている。もう、登録解除した方がいいのかな、と思い始め

たとき、さらにメッセージがやって来た。 

「あなたは、フェイスノートが怖くなって辞めようとしているのではないですか?

辞めないでください。今辞めると大変なことになるかもしれませんよ」

 な、なんなのだ、この脅しは。辞めたらいったい何がどうなるというのだ?PC

からピロリン! という音が鳴って、フェイスノート画面に、新たなメッセージが

現れた。

「あなたが殺したいのは、フェイスノートを辞めようとしているこの人たちで

はないですか?」

                     了

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