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第千話 折り鶴 [文学譚]

 定期入れの中にたまった古いカードなんかを整理していると、小さな折り鶴が出てきた。

 金色の千代紙で丁寧に折られた鶴はちょうど半分に折りたたまれた形でいつからそこに入っていたのか思い出せないのだが、古びることもなくきちんとした形のままカードとカードの間に収まっていた。

 どうしてこんなところに鶴が入っているのだろう。僕は手先が不器用で大人になってからは折り紙などしたことがない。普通のサイズの折り紙でも鶴を作れないのに、こんな小さな形に折れるわけがない。そっと取り出して調べてみると実にきちんと折られていて羽根の付き合わせにも首の折り目にもどこにも破綻がない。よほど几帳面で上手な折り手がこしらえたものなのだろう。そんなものが勝手に僕の定期入れにもぐりこむわけもなく、誰かにもらったものを僕がここにしまいこんだに違いない。僕はほかにこのようなものをしまう入れ物は財布か定期入れぐらいしかなく、財布だと日常的に出し入れするからきっとこんな紙などすぐにぼろぼろになってしまう。定期入れならめったに中身を取りださないからカードに挟んでしまい込めば大丈夫だとふんだに違いない。

 そこまでして後生大事に持っていた代物なのに、どうしてそれを持っているのか皆目思い出せないでいる。

 折り紙が上手だった人物は誰かいただろうか? 

 母は手先が器用で編み物も得意だった。レース編みのテーブルクロスや毛糸で編んだコサージュなどもいとも簡単にこしらえた。だが、母が折り紙を折っている姿を覚えていない。妹はどうだったろう。妹は女のくせに僕と同様に手先が不器用で裁縫のひとつもできなかったし、やはり折り紙を折っていたという記憶がない。まさか父という訳はあるまい。ほかに誰かいただろうか?

 僕は三十路を前にして言うのも恥ずかしいが、この歳まで付き合った女性は一人もいない。もちろん女友達なら何人かいたが、残念ながら恋愛感情を持つことがお互いにできなかった。もちろんその中の誰かが僕にくれた者なのかもしれないが、だとすればなぜそんな鶴を僕にくれたのか、また僕はなぜ大事に持っているのかがわからない。

 小さな鶴の羽根をゆっくりと指で持って広げてみた。鶴は羽根を広げ胴を膨らませ、縮こまっていた首を少し動かして机の上に立ちあがった。輝きを押さえた色合いの金が鶴に上品な趣を与えていた。

 掌に乗せてみたとき、頭のどこかにやわらかいピンク色の肌のイメージがわき上がった。それは僕の掌ではない。もっと小さく繊細で優しい誰かの掌。しかし掌に続く腕も身体もイメージできない。

 ふと眼の奥に痛みを感じる。涙腺かなにかわからないが、目の奥の分泌腺が僕の感情を絞り出そうとしている痛み。気がつくと目の前に薄い膜が生まれて金色の鶴が少し滲んで見えた。

 頭の中のアルバムが広げられる。アルバムに収められた写真はそれほど多くはない。たくさんあったはずなのだが、時間とともに剥がれ落ちてしまったり、故意に外されてしまった写真があるということだ。僕はさほど意識せずに学生の頃のページを開く。音楽系のサークルが集まっていた学生会館で撮った写真がいくつか残っていた。

 記憶をまさぐりながらフレームの中の友人たちをひとりずつ思い出す。ギターの名手と言われたS,ドラムソロが迫力のT,ヴォーカルのMちゃん、ベースのD、サウスポーのギタリストA,みんな覚えている。だが僕の隣にいたはずの女の子が思い出せない。顔も名前もなにもかも。僕が好きだったあの子。

 彼女といた時間は驚くほど短かった。その短時間の間に街に出、海に出かけ、遊園地や旅行にも行ったはずなのだが、その思い出は何ひとつ残っていない。ふいにアルバムの隅っこに浮かび上がる白いベッドのイメージ。サークルのみんなが学生会館に集まり苦労して織り上げた千羽の鶴。僕からそれを受け取った彼女がわたしも作ってみたいと言った。

 お見舞いにもらった菓子を包んでいた金色の紙を上手に伸ばし、ベッドの上に横たわったまま彼女は巧みに一羽の鶴を生み出した。ほら、わたし器用でしょ。ほんとはこれを上げる方にいたかったな。掌に乗せた金色の鶴を僕に渡して、これはわたしが生きていた証よと言った。

 彼女のいない世界に生きてもしかたがないと思った。そんな世界から逃げ出したいと思った。僕はアルバムの中でいちばん多かったイメージをすべて消し去り、すべたがなかったことにした。ただひとつ小さな証を除いて。

 平安京の時代からあったと言われる折り鶴は、長い年月をかけて人々の思いによって折り続られてきた。昭和になってからある広島に生きたある女性が願いを込めた千羽鶴が広く知られるようになったという。

 だが僕には千羽もいらない。たった一羽で十分だ。僕の人生を変えてしまった金色の鶴を、僕はもう一度定期入れの中にそっと戻した。

                                                  了


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感想 3

hisa

千という数字も、それを達成することも、
創作し続けているということの前では、
それほど大きな意味はないと思うから、
おめでとうと言っていいのかどうかわからないけど、
monokumiさん、あなたは素晴らしい。
by hisa (2013-10-21 14:49) 

hisa

そっか、もう1話あるんだったね。
by hisa (2013-10-21 21:54) 

momokumi

hisaさん、返す返すありがとうございます! 少し形を変えて続けることにしました!
by momokumi (2013-10-23 19:59) 

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