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第九百九十四話 レッテル [文学譚]

 田舎に住んでいる友人からクッキーが届いた。

 先月訪ねてきたときにいろいろお世話になった礼だという短い手紙が添えられていた。

 クッキーは嫌いではないが、近頃メタボ傾向にある私は甘いものを控えているのでありがたいような困ったような複雑な気持ちであった。子供は喜ぶだろうが、なんとなくこんな高級そうなお菓子を子供に与えるのはもったいないような気もした。

 ほら、とても美味しそうなお菓子が届いたよと小学四年生の雅俊に包みのまま渡すと、さっそく包装紙を破りにかかった。Deli-Cockieという英文字のロゴが印刷された缶が現れ、缶の蓋はセロテープでぐるりと密閉されていた。雅俊は最初どこからテープを剥がすのかと苦労していたが、ようやく端を探し当て、日焼けの皮を剥がすようにびろりとテープを取り除いた。

 うれしそうな顔をしてようやく缶の蓋を開いた雅俊が妙な顔をして缶の中を覗き込んでいる。

「お母さん、なにこれ?」

「なにって、クッキーでしょ?」

「ええー? これ、クッキーかなぁ?」

「そうよ、クッキーって書いてあるもの。食べてごらんなさいよ」

 雅俊はまだ妙な顔をして、中のお菓子をつまもうかどうしようかと思案している風だった。

「ねえ、お母さん、これって手でつかんでいいのかなぁ?」

「ええ? 手でって……ふつうはそうでしょうよ」

 おかしなことを言い続けるので、私はなにを戸惑っているのだろうと台所仕事の手を止めて雅俊が缶と向き合っているテーブルのところに向かった。

 ダイニングの真ん中にでんと据えてあるテーブルについた雅俊は四角い缶の蓋を左手に持ったまま、右手を缶の上にかざした状態で固まっている。缶の中からは甘いクッキーの香りが漂っているはずだと思ったが、なんとなく生臭いような匂いがする。缶の中を見ると、白いパラフィンのような紙が敷かれた上に、赤い塊がいくつも並んでいた。

「なによそれ?」

「そうでしょ? これって……」

「明太子?」

 私は見えているままのものの名前を言った。なんでクッキーの缶の中に明太子が入っているの? もしかして明太子の姿をしたクッキー? いやいや、それにしてもこれはクッキーのように固くない。やわらかくて生っぽくて、明太子そのものだ。製造業者が間違えて中身を詰めたのだろうか? クッキーの工場で明太子も作っているのだろうか? そんな話は聞いたことがない。あるいはこれはDeli-Cockieという名前の明太子なのだろうか。私が最初にクッキーだと思ったのが間違っていただけ? さまざまな可能性が頭の中を巡る。

「なにを騒いでるんだ?」

 奥の部屋で午後寝をしていた義父が起きてきた。義父は雅俊の隣の椅子に腰かけながら、缶を覗き込んだ。

「おお、なんじゃこれは。うまそうな明太子じゃないか」

 博多出身の義父は明太子好きである。しかも口が卑しい。義父は箸も小皿も要求せずに、いきなり指で明太子をひと房つまみあげて口に運んだ。普通は小さく切った一片を食べるものだろうに。

「おお! 美味い。これは上等じゃ」

 義父は大きな鱈子を口の中で持て余しながらくちゃくちゃ噛んでいる。

「もう、お義父さんたら、お行儀の悪い」

 私はいささか不機嫌になって文句を言った。

「おお、すまんすまん。わし、明太子には目がないもんでな」

「でもね、お義父さん……」

 先ほどから騒いでいた理由を義父に伝えると、

「なんじゃ、そんなことか。きっとあんたの友達が入れ物がなくってこの缶に入れてよこしたんじゃろうよ」

「でもふつうは明太子屋さんの箱とかあるじゃないですか」

「ふん、そんなもの。美味しい明太子は近所の市場なんかに売っておってな、そんな小さな店ではの、箱なんかありゃあせん」

 そういうものかしらといぶかりながらも、義父の言っていることも一理あるとも思えた。箱と中身が違うからと言って、友人に文句を言う訳にもいかず、明太子は夕食で食べようと、缶のまま冷蔵庫にしまいこんだ。雅俊はお菓子のはずがおかずになってしまったことをとても残念がっていた。

 夜になっておかずのひと皿として明太子を美味しくいただき、片づけものを済ませてから、明太子を送ってくれた友人に電話を入れた。

「こんばんは! 美味しいものを送ってもらってどうもありがとう! あんな気遣いしなくていいのに……」

 ひと月前に会ったばかりだけれども、それとは別に話が弾んだ。最後に彼女が聞いてきた。

「美味しいでしょ、あれ。私大好物なの」

「あら、そうだったの? あなた辛いものって苦手じゃなかった?」

「何の話? お送りしたクッキーよ。うちの近所で大評判の店で買ったのよ」

 私は明太子が入っていたとはついぞ言えないまま、友人に話しを合わせ、さようならと電話を切った。

 明太子がなくなってしまうと、そのうちにこの話のことは忘れてしまい、なにがどうだったのか、いまでも謎のままの出来事だった。

                                                  了


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