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第七百三話 仕事納め [日常譚]

 年の瀬というものはおかしなものである。いつもと何ら変わりのない一日で

あるのに、まもなく暦が一枚ペラリとめくられるというだけで、みんな一様に慌

ただしい様子を見せ、ばたばたと身の回りを片付けはじめる。

 今年の仕事もいよいよ今日が仕事納めという最終日になると、きれいに片

付いたオフィスの中、夕刻が近づく頃には宴会がはじまる。普段なら、まだ五

時にもならない時刻に酒など飲んでいると叱責をうけてしまうのに、この日だ

けは許されるのだ。こんなことはうちの会社だけなのかと思っていたら、よそ

でも同じ様なことになっているらしい。もっとも納日は社によっては違うようだ

が。うちの会社は平均的な二十八日が最終日。ビールが入った紙コップを持

った社員がフロアをウロウロしはじめる。

「いやぁ、今年ももう終わりましたな」

「終わりましたね。いろいろありがとございました」

 決まりきった会話があちこちで交わされはじめる。私も紙コップを持ち、ス

ルメを噛み締めながら社内を徘徊する。と、窓際でひときわ世話になった直

属の上司が隣の島の同僚と紙コップを傾けている。私はふらりと彼らにも一

言挨拶しておこうと思い、近づいていった。

「どうも、もう、いい感じですか?」

「やぁ、お疲れさん、まぁ、一杯」

「いえいえ、もう、ここに随分入っています。ちょっと一言と思いまして」

 この上司はこの一年、散々私を苦しめてきた。コンプライアンスだとか利益

のためだとか言って、会社の都合ばかり言ってくる。会社の方針としては、人

こそが社の財産だなどときれいなことを掲げているくせに、実際のところは現

場の人間のことよりも、組織の存続の方が優先されるのだ。それは当たり前

だろう、会社が崩壊すれば社員だってもろともなのだから、人はそういうかも

しれない。だが、人の心が掌握されていない社会など、いくら会社が存続して

いたとしても死に体同然なのだと私は思う。この上司は、組織のために、とい

うよりは、組織の中で自分の地位を確保するために汗を流す輩だ。そのため

に部下を使い、無理難題も平気で押し付けてくる。我が部では、すでに何人

かの部員が辞職していった。部員が辞職するというのは上長の責任だろうと

思うのだが、結果、彼らは自己都合で辞めていった不届きものだという烙印

を押されて消えていった。組織というものは、常に強者の味方なのだ。

「ほんとうに、いろいろ、とりわけ、さまざまに、思いのほか、お世話になり、

誠にありがとうございました」

「おやおや、これはまた丁寧な挨拶だな。どうかしたのか?」

「いえいえ、ほんとうに長らくお世話になりました」

「なんだかそれ、辞めていくような挨拶じゃないか、あっはっは」

「と、とんでもない。辞めるなんて。そんなことはないですよ。辞めはしませ

んが……」

 私は言葉を濁して最後の方は心の中でつぶやた。

”辞めたりなどするものか。そんなことより、お前らみんな道連れだ。今のう

ちに年の瀬の開放感を存分に味わっておけばいい。あと十分しかないがな。”

 私はちらりと腕時計を見ながら思った。この席のデスクの下に仕掛けた爆弾

が火を吹くまでにあと十分。ほんとうに、いろいろな意味でここには世話になっ

た。だが、これで永遠に終わりだ。あと十分で私もようやく苦しみから解放され

るのだ。

 いっひっひっひ。私はほくそ笑みながら、彼らに背中を向けた。

                                  了


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