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第百四十六話 記憶にない記憶。 [怪奇譚]

 「その件につきましてはぁ・・・記憶に・・・ございません。」

どこかの政治家じゃあるまいし、自分がやったことを覚えていないなんて・・・そん

なことが、ちょいちょいある。酒を飲んで、飲みすぎて、眠ってしまって、その時点

から後のことを覚えていない・・・おおむねそういうことなのだろうが、翌日、みん

なから「君は酒癖がわるいねぇ!」なんてことを言われると、え?俺、何やったの?

なんてとっても心配になってしまう。

 酒井浩太は、日中はまじめでとてもいい人で通っているのだが、いったん酒が入る

と、たびたび度を過ぎてしまうらしい。というか、お酒は大好きなのだが、アルコー

ル耐性があまり強くないのだ。だから、ビールの三杯も飲むと、すぐに眠くなってし

まって、みんなの会話を子守唄に、うつらうつらと舟を漕ぎ出してしまうのだ。その、

眠くなってきたなぁ、あたりまでは覚えているのだが、そこから先は、プツンとスイ

ッチが切れたように記憶の幕が下りてしまうのだ。

 そんな時でも、不思議なことに気がつくと自分の部屋の自分のベッドで目を覚ます

のだ。いったいどうやって店を出たのか、お金は払ったのか、どうやって家まで帰っ

たのか、皆目覚えていない。これは朝目が覚めたときは少々気持ち悪いような気がす

るのだが、お昼近くになると、ケロッと忘れているのだ。

 あるとき、いつものようにみんなと洋風居酒屋で飲んでいて、テーブルに突っ伏し

て眠っていると急に起こされた。顔を上げると、店の店主が血相を変えて何かを言っ

ている。一緒に飲んでいた仲間たちも驚いて店主と俺を見守っているのだ。

 「あんた、今、ウチのトイレのガラス扉をぶっ壊しましたね?」

え?何?知らないよ、そんなこと。

「ちょっと一緒に来てください。」

店主の後ろをついて通路の端にあるトイレにいってみると、なるほど確かに豪華な扉

枠の真ん中にあったであろうスリガラスがあたりに飛び散っている。しかし、浩太に

はまったく覚えがないのだ。だが、店の人間が見ていたというし、浩太には記憶がな

いし、後ほど請求書を送るという店主の言葉をしぶしぶ受け止めた。

 また、あるときは道端で眠っているのを警察に保護された事もある。このときは朝

方まで道端で眠っていて、早朝の仕入れに出かけようと通りがかった魚屋のオヤジが

「死んでいるのではないか?」と心配になって通報したらしい。道端で起こされた浩

太は、パトカーに乗せられるときに、一度嘔吐し、「おいおい!」とおまわりさんか

ら注意されながらまた意識を失い、次に目を覚ましたのは警察署の長いすの上だった。

白いスーツがどろどろで、台無しになっていた。

 こんな体験を思い起こしながら、浩太はふとある映画を思い出した。あの有名なホ

ラー映画だ。いくつものリメイクがされている映画だが、「狼男」の映画。どの映画

でも共通しているのは、満月の夜になると、普段はまったく普通の人間が、急に変身

し始めて恐ろしい狼の姿に変わる。そして森の中を散歩している人間に襲いかかった

り、時には町まで出向いて、人々を襲い殺してしまう。翌朝、狼に変身した男は森の

入り口あたりで目を覚まし、どろどろになった自分の衣服を見て恐れおののくという

あれだ。

 もしかして、俺もあんな風に変身して何かをしでかしているのではなかろうか?少

し不安になった浩太は、ある日いちばん親しい友達に考えていることをすべて話し、

酔っ払った後、変身したりしてないか、何かしでかしてないか、家に帰り着くまでし

っかり見張っていてほしいと頼んで飲みに出かけた。

 その日は、この友人の祐介と二人だけ。最初は世間話や会社の愚痴なんかを話して

いたが、ビール三杯を飲み終えたあたりで、いつものように眠くなってきた。祐介は、

浩太の様子を見て、仕方なくカウンターの向こうにいる店主と話しはじめたようだ。

そして浩太は意識を失った。

 翌朝、何事もなく自分の家で目が覚めた。だが、部屋の隅には血糊のついた誰かの

シャツがビリビリに破かれた状態で投げ置かれていた。え?なんだ、これは?祐介の

やつ、あれほど頼んだのに、見張っていてくれなかったのか?浩太は急いで携帯電話

を取り上げて祐介にかけた。

「tsrrrrr!」

「もしもし・・・おう、浩太か。調子はどうだ?」

「どうだじゃないだろう?夕べは何があった?俺、なんかしでかしたのか?」

「・・・やはり覚えてないのか。お前は昨日、大変なことをやらかしてしまったんだ

よ。」

祐介が言うには、しばらくは店のカウンターに突っ伏して眠っていたらしい。そのう

ち、むっくり起き上がって、店を飛び出したという。祐介はあわてて清算して後を追

いかけた。道路を挟んで店の向かいにある公園の中でうずくまっている浩太を見つけ

てその様子を見ていると、次第に体中に太い毛が伸びてきて、口が裂けて、手の爪が

伸びだしていたと。しまいに獣の姿に変身した浩太は四つんばいになって走り去った。

その姿は、まるで虎であったという。祐介は驚いて逃げ出したので、その後のことは

申し訳ないがわからないということだった。

「そ、そんな馬鹿な!では俺は虎人間っていうことか?」

「ま、そうだな、虎だな。」

「お前、嫌に冷静だな。俺の部屋に血のついたシャツが捨ててあるんだ。」

「そうか。たいへんだな。」

「たいへんだなって・・・俺、誰かを傷つけたのかもしれない・・・虎になって。」

「・・・」

「なんで黙ってる!」

「お前は、虎は虎でも眠り虎だから、大丈夫だ。」

「なんだ、その眠り虎って。」

「酒を飲んで酔っ払ったら虎になるっていうだろ?お前の場合は眠ってるばかりだか

ら、眠り虎。」

「なんだよ、それは。だって、俺、変身してたんだろ?」

「あれはウソ。お前があんまり妙な話をするから、からかった。」

「じゃぁ、あのシャツの血は?」

「よく調べて見ろ。あれは、ケチャップ!お前は眠る前にオムレツの皿をひっくり返

したんだ。そんで自分のシャツがケチャップまみれ!」

 ・・・まぁ、よくあるような、めったにないような、馬鹿な話ではある。でも、楽

しい酒の席を覚えていないなんて、実にもったいない話ではある。

IMG_4332.JPG            了


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感想 3

(。・_・。)2k

記憶を無くす前に寝ちゃうからな~
無くすほど飲んでみたいな~
by (。・_・。)2k (2011-06-20 14:19) 

汎武

酒だから「狼」ならぬ「虎」は「だよな」であります。
お酒飲む人花ならつぼみ 今日もサケサケ 明日もサケ
それはそうと中島敦の「山月記」をちらと思い出しました。
by 汎武 (2011-06-21 11:28) 

Meridian

最近、この記憶にないこと、やらかしてしまいました。

酔っぱらいの脳ってどうなってるんでしょ?
途中から記憶がぶっとんでます。
わたしの場合、ビリー・ミリガン並みに別人格がでてきて、きちんとわたしを自宅に送り帰し、シャワーを浴び、歯を磨き、歯ぎしり防止マウスピースまで装着し、ベッドに送り込む。

朝目覚めて、記憶もないのに、下着まできちんと着替え、メイクも落ちていて、マウスピースまで装着している自分(きっと歯も磨いたに違いない)に驚愕しました。

しかし・・・・こんな経験は、コワいかも。

by Meridian (2011-06-27 12:02) 

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